あーあ、名古屋はいいよなあ。こんなイベント、和歌山では、なかなか、ないよなあ。



かつて、和歌山でも、すげえ、パンクのイベントがあったんだぜ。あの、ぶらくり丁が、北斗の拳の世界になったんだからよ。んー、遠い昔になったなあ。


さてさて、そんな事よりも、ブログを書かないとな。実は、有害TVのライブが決まりまくっています。現在、5件のライブが入っています。とか書いちゃうと、ミュージシャンっぽいよなあ(笑) けど、僕は、楽器は、ほとんど弾けないので、ミュージシャンではないなあ。簡単なコードでウクレレを少し弾ける程度です。カリンバは怪談に用いていますが、適当に音を鳴らしているだけやしね。けど、これだけは、自信を持って、やっているぜ!と言えるものがある。それが、歌詞だ。とくに、パンクでは歌詞はすごく重要なんだよね。


歌詞や、詩というものに、興味を持ち始め、自分でも書き始めたのは、不遇の中学生時代だった。常に、変身願望が強くて、今、教室にいる自分は、仮の姿だと言い聞かせていた。そんな人間が、自分自身を表現するという手段として選んだのが、作詩。尾崎豊を経て、その後に聴くようになったザ・ストラマーズや、風来坊なんかに影響されるようになり、自分の書く詩は、常に、世の中に対する怒りとか反抗をテーマにしていた。やがて、セックス・ピストルズを知り、ロンドンのパンクムーブメントに完全に感化され、パンクロック詩人となった僕は、バンドを結成した際も、歌詞を担当するようになる。


その後は、過激な歌詞を次々と世に出しますが、今現在は、作風として、そこまでは過激ではない。遊びで作っていた歌詞も、こんな感じ↓だ。




まあ、これら↑は、遊びなんで、自分の作風が、完全に、こうなった‼️とは言わないけどね。でも、表現の形ってのは、少しずつ変わっていくよね。それは、見えなかったものや、今まで見ていなかったものが見えるようになったからやね。ただ、ただ、クソ野郎とか、ファック・オフとか叫んでいた頃ってのは、自分の脳が、そこで限界だったんだろう。


今は、昔よりも、歌詞を書くのが、楽しみだったりする。ポエトリーリーディング時代は、詩を書くだけでも、ハートがズタズタになったもんなあ。前に、チャックベリーズで、イーヴィル・ノイゼスでライブをやった時は、あーゆー気持ちに近かったかもな🤣 ハートがズタズタになる詩というのも、別に嫌いではない。これも、また、表現やからね。即興では、まだ、そーゆーのが出て来るって事やな。それは、正直な自分の気持ちをぶつけているんだから、仕方ないです🤣 けど、作詞は、やっぱり、楽しみたいですね。



また、いつか、ポエトリーリーディングも、やりたいと思っています。あれも、和歌山では、僕にしか出来ない表現だと思っています。やっぱ、僕は、どこまで行っても、詩人なんでしょうね。


それでは、今日の一曲です。



しかし、有害TVに、こんなに声がかかるとはなあ。本当に、俺たちでいいのか? いもとまさや、コノヤロウ、下手打てないぞ。これからは(爆笑)