24日の話。

この日、カズシットは、紀泉台にいました。



はい、この坂の上です。

もう何度も来ていると慣れてしまうけど、それでも面白い場所だよ。


今回は広場を隅から隅まで回ってみましたよ。はい、完全に不審者ですよね。犬の散歩をしていた人が立ち去っていきました😭






歴史とかも調べてみたら、もっと面白いのかも知れませんね。ちなみに、近くには、鉄砲で有名な根來寺があります。だから、こーゆー↓のも多い(爆笑)



僧兵ってのが、活躍していた場所やからね。教科書にデカデカと登場してる主人公みたいなツラしてますけど、ただの悪しき侵略者、豊臣秀吉と戦った勇敢な戦士達ですよ。和歌山の誇りですよね。つーか、和歌山の名前も、秀吉につけられたものだから、変えたいんやけどね(爆笑)


しばらく、紀泉台をうろうろしました。住民達は、チャックベリーズの客だと認識しているんだろうな🤣




そうなんだよね。こんな場所に、ライブハウスがあるんだよね。その名も、チャックベリーズです。カズシット所属のバンド、チャックベリーズは、このハコのバンドなんですよ。そんなチャックベリーズで、24日に開催されたライブは、こちら↓です。



オープニングアクトから、ライブは盛り上がりましたね。no nameは、いいバンドだよ。タカシくんのクールさと、ドラさんの熱さと、背後にいるピッケルさんの存在感。カズシットの好きなバンドですわ。





場がしっかりと温まったところで、中村義人さんが登場しました。横道坊主のボーカリストですね。クローズとか読んでいる人達なら、知っているでしょ?



カズシットは、若い頃に、随分と、横道坊主には救われたんです。とくに、名曲『シックスティーン』は、僕の実体験とも重なっているし、大好きな曲です。この日、演ってくれました。感激でしたよ。



セッションで、拳銃が参加しましたけど、このオッサン、いつもは、飲まんとステージ立つのに、この日は、メチャクチャ酔ってて、しかも大泣きして、コノヤロウ!って感じでした(笑) まあ、中村義人さんが、うまく、フォローしてくれて、何とかやれましたけどね。あれを見ていて、やっぱ、中村義人さんはすげえわ!って思いましたもん。


アンコールでは、カズシットがボーカルって話になっていたんだけど、酔った拳銃が、セイジさんに、お前、歌えよ!って言っちゃって、セイジさんも、その気になっていたから、ロックの後輩として、セイジさんに、その場をお譲りしました😭 



でも、正直に書きますね。ここは、僕のブログですから。悔しかったです(爆笑) けど、セイジさんは好きやし、あの場に、相応しいと思うので、いいかな。逆に、カズシットが出て来るのも、おかしいと言えば、おかしいしね。けど、本音は、悔しかったです。


中村義人さんと、まあまあ、長く話す事が出来ました。やっぱり、横道坊主で、一番繰り返して聴いた、『シックスティーン』の事を(笑)



陰キャのくせに、不良に憧れていた時代、カズシットは、ハッタリをかまし過ぎて、現実の自分とのギャップに絶望し、学校も、ほとんど、不登校となっていました。当時は、不良が、まだ、カッコイイとされていた時代。外に出れば、不良は目が合っただけで、殴り合いとなり、陰キャは、そんな不良達から、カツアゲされるという状況下でした。僕は道端で拾ったカッターナイフをいつも持っていたんだけど、ある日、こんなもんを持っていたらダメだと、カッターナイフを、河原に捨てたんだよね。それが、『シックスティーン』の歌詞に重なる、僕自身のエピソードなんだよね。ダッセー話やけどね。



人と同じようになれない事が、ダメなヤツだと言われ続けた時代に、色んなものと戦っては逃げて来た自分を励ましてくれたのは、横道坊主の曲だった。そんな憧れの人と話せた事が、すげえ嬉しかったナ。この夜の事は、一生涯、忘れないだろうな。


それでは、今日の一曲。



若き日に絶望して、命を絶たなかったからこそ、こんな未来が待っていたんですね。あの頃の自分自身にも感謝。どれだけ、情けなくても、惨めでも、一生懸命生きて来たから、こんな日もあるんだぜ。ありがとうな。ついでに書いとくぜ。自殺なんかは、勇気ある行動ではないからよ。カズシットも、あの頃、友達はゼロになったし、八方塞がりで、どうしようもなかったけど、自死は選ばなかったんだ。これはね、正解だよ。死んだら、そこで終わり。怪談にはなっても、それからの自分、その後の自分が、なくなるんだから。そやから、どんなにキツくても、辛くても、苦しくても生きろよ。苦しい事や、辛い事から、逃げてもいいけど、生きる事からは逃げるんぢゃねーぞ。