あっという間に、休日が終わるという。まあ、楽しい時間程、早く過ぎるといいますからね。


カズシット、土曜日は、海南散策に行きました。まずは、海南駅裏の古戦場に。





織田信長という歴史の教科書に出て来るビッグネームと、和歌山の武士団、雑賀衆との戦いです。井松原合戦とも呼ばれています。ふんどし姿で城から飛び出して来た池の谷の荒五郎という人物は、後々まで語られる事になる。いつの時代も、ブッ飛んだヤツはいるもんです(笑) また、この場所には、大神宮遺蹟の碑もあります。


カズシットは、歩いて、日方城跡を目指します。井松原合戦の際に、落城した城です。途中に、昭和の戦争の慰霊碑もありました。



海南にも色々な歴史があるんですね。井松原合戦も、昭和の戦争も、数多くの犠牲者が出ている。人類史において、戦争程、価値のない話はないと思います。


そんな戦場の一つである日方城跡に向かうワケですけど。





途中で敗退しました。

やっぱ、一人での山は、怖いです。怖さのあまり、武器を装備するカズシットでした。



もう、この地蔵の集合写真(笑)の時点から、僕はびびり倒しておりました。



こんな所に、一人では行けません。雑賀衆の子孫(笑)でありながら、情けない結果となりました。代わりに、駅前に戻る途中、個性的なタバコ屋を発見しました🤣



タバコ吸わない僕には、どーでもいい話ですけどね。


昼食に、幕末で、ラーメンを食して、



負けずに、次のスポットに向かいます。

過去、何度も敗退している筆捨ての松です。まずは、海南の親友に会って来ました。



藤白神社の近くに、彼は眠っております。

時は飛鳥時代。蘇我入鹿を倒した中大兄皇子が、だんだんと、権力の鬼となり、自分の権力の座を狙おうとする者(実際は狙っていなくても)を、次々と殺すようになります。その犠牲者が、我が親友、有間皇子です。病気を装ってまで、中大兄皇子に睨まれないようにしていたのに、謀反の話に乗せられてしまい、逮捕。この場所で、絞殺されてしまいました。



歌人としても才があった有間皇子の歌碑も残されています。僕は、ここに来る度に、自分は、中大兄皇子は大嫌いだと心ん中で言います。汚い権力者は大嫌いです。罪のない有間皇子を、部下を使って、うまくハメて、謀反人にしてしまうという、卑怯なやり方も、教科書に載せるべきだぜ。



悪党の蘇我氏を滅ぼした英雄みたいな描き方をしやがって。中大兄皇子(天智天皇)は、邪悪の化身だぜ。有間皇子の無念が、よく解ります。多分、僕、取り憑かれています。


友人を訪ねた後は、筆捨ての松を目指します。



景色はとてもいいです。

坂道が続いて、非常にしんどかったです。恐怖はあまりなくて、今までよりも進めました。






景色はどんどん良くなりますが、筆捨ての松が現れる気配がない。そのうち、疲れて来て、捜索を断念しました。



代わりに、帰り道に、から傘の石像?をいくつも発見しました😂



別に撮影するものでもないみたいですが😂 ま、海南は和傘の製造でも有名やからね。


ここまで来ると、海南に、何をしに来たか、分からなくなります。幕末へ、ラーメンを食べに行きました。というブログで終わってしまう。そんな時、思い出した。カズシットには、海南に二人も、キノコ仲間がいるではないか。キャラさんと、アッコさん。この二人と合流して、海南の山奥へ、キノコを探しに行きました。



↑カブトムシの匂いがするみたいです。



↑水色のソライロタケです。珍しいキノコです。既に黄色く変色しつつありますが。



↑クチベニタケです。時間が経つと、こう↓なります。





↑こいつ、今、家にいます🤣



↑美味しそうですね。食べませんが🤣


さらに、キノコ探しがヒートアップして、姥ヶ滝に向かう事に。




江戸時代、滝の上に、隠し田を作った村人達がいまして、その隠し田で収穫された米は、当然、年貢米として取られる事なく、自分達のための米でした。けど、それが悪代官にバレてしまい、隠し田の存在を明かさなかったとして、滝のそばに住むお婆さんが、滝の前で斬殺されてしまうという出来事があった場所です。代官の名前、解ったら、墓を蹴り倒しに行くのになあ❤️ マジで、こーゆーヤツ、嫌いやから。



滝もすごかったけど、キノコも、めっちゃ生えておりました。それは、明日のブログに書きますね。あと、悪代官の情報、解ったら、教えてね。とりあえず、墓の前で、一時間くらい、説教してやりますので。


とりあえず、海南は良い所です。

家族へのお土産は、こちら。・・・って、パパラッチされておりますが🤣



週刊誌に売るなよ、コノヤロウ(笑)