月曜日、会社側から休むように言われて、休んだんですけど、まあまあ、精神的に来ていたので(笑)、一人で電車に飛び乗りました。単独行動は、僕は大好きなんです。
やって来たのは、長滝でした。
実は、この辺りに来たのは二回目。何年か前に、歴史探訪で訪れた場所。その時も見に行った史跡を改めて見に行こうとゆー企画にしました(笑)
今でこそ、大阪府の南方にある田舎町ですが、ここでは激しい戦闘がありました。時は、豊臣秀頼と、徳川家康が争っていた時代です。この地では、徳川方の和歌山城の浅野長晟と、秀頼に与した大野治房の軍が、激闘を繰り広げておりました。樫井の戦いですね。学校の授業では、スルーされている話ですけど(笑)
この戦で、討ち死にした武将達の墓を巡って来たんです。その場で、激しい命の奪い合いが行われ、結果として、命を落としてしまった武将達。歴史は勝者が評価されるが、負けた者のドラマも忘れてはならないと思うんです。カズシットは、アンチ豊臣家だけど(笑)、恩義ある豊臣のために戦って、散っていった武将達には、魅力を感じます。
時代の流れは明らかに、徳川家康の方に向いていましたが、それでも、豊臣のために命をかけた彼らに、僕は、男を感じてしまいます。大河ドラマで、取り上げられる事もなく、歴史の授業でさえ、スルーされて来た彼らを、このブログでは、しっかりと紹介させていただきますよ。
最初に行ったのは、塙団右衛門の墓です。この人は、まあまあ、有名です。秀吉の朝鮮出兵で、メチャクチャ活躍した武将です。
スター性のある人物というよりは、自分を見せるのがうまかったんだろうな。朝鮮出兵では、でかい日の丸を背負って、戦場を駆け巡ったそうです。しかも、鉄砲嫌いとしても知られる。武士は刀や槍で戦うものだと。カッコイイよね。関ヶ原合戦の時には、主君であった加藤嘉明に、足軽を勝手に出撃させた事で叱られて、逆にブチギレて、小さな水に留まる事はなく、カモメは天高く飛ぶという詩を残して、出奔。一時は、鉄牛と称し、僧になっていた事もあるが、帯刀したままで、托鉢をしていて、不興を買ったという。メチャクチャな人やな。
樫井の戦いでも、塙団右衛門は、旗印に、自分の名前を書いて、存在をアピールしまくったそうです。ですが、この場所で、討ち取られてしまいました。敗因となったのは、一番槍の功名を狙って、先走ってしまい、味方との連携が取れないまま、混戦に陥ってしまった事らしいです。
夜襲を成功させた際には、部下に、『夜討ちの大将、塙団右衛門直之』と書いた木札を、ばら撒かせたとも伝わる塙団右衛門は、とにかく、目立ちたがりで、自分大好き人間だったんだろうな。ものすごく、親しみを感じてしまうね。そして、この人物を最後に紹介すれば良かったと、後悔。一番、エピソードが残っているからなあ。
続いて、やって来たのは、淡輪重政の墓です。
淡輪家は、豊臣サル吉の乱心事件の一つである、秀次事件の際に、思い切り巻き込まれて、領地を失ってしまう。というのは、淡輪重政の義理の妹が、秀次の側室だったんですよ。サル吉は、秀次の関係者を、ほとんど、皆殺しにしたので、淡輪家も、被害を免れなかったみたいです。淡輪重政は、小西行長を頼るが、その小西行長も関ヶ原で敗れ、淡輪家は改易。淡輪重政は浪人となってしまいます。豊臣のせいで、こんなに酷い目に遭っているにも関わらず、淡輪重政は、旧領回復を目指して、豊臣方についてしまい、この地で討ち死にする。
先に紹介した塙団右衛門と、岡部大学の先陣争いで、戦列が乱れ、混戦状態となってしまい、淡輪重政も、乱戦の中に深入りしてしまい、討ち死にしたそうです。つーか、メチャクチャ、ついてない人やな😂 ちなみに、兄の淡輪重利は、徳川方の浅野氏について、紀州藩士として一族は続いたみたいです。
塙団右衛門や、淡輪重政が討ち取られた場所は、今では、そんな戦があった地とは思えないくらい、静かな町です。
古い家が多いですね。
町の人達に、二人の墓は、しっかりと守られて来たんですね。
こちらは、樫井川です。
あんまし、綺麗な川ではないですけど、戦の舞台となった場所ですよね。この地が、樫井の戦いの古戦場であったと示している石碑もあります。
武将達はとにかく、命がけで戦ったんだろうな。歴史を後に知ると、勝者と、敗者だけになってしまうんだけど、僕は、その結果よりも、その武将達が生きていた瞬間に、もっと着目したいし、イメージしたいですね。
↑樫井川と、カズシット。
しかしね、樫井の戦いで討ち取られた武将の墓は、もう一つあるんですよね。それも、メチャクチャ離れた場所に(笑) 前回、ここに来た時も、彼の墓には、なかなか、行けなかった。確か、雨ん中、不審者のように思われながら、小学生の後ろを歩く事になったよな。というのは、彼の墓は公園にあったんですよ。
だから、その前に食事をしました。
台湾料理。
上海風焼きそばと、台湾炒飯でございます。めっちゃ美味かったぜ。
食欲を満たしてから、再び、暑い中を移動する。あまりの暑さに、トカゲの死体がパリパリになっていました。
合掌。
せめて、緑の場所で眠ってくれ。人間は、大地をアスファルト化しやがったから、他の生き物の死亡率が増加している。こいつら、そのうち、地面を全部、アスファルトにするつもりぢゃねーか?と不安になる。
歩きに、歩き、ようやく向かった墓は、坂田庄三郎の墓です。が、ここで怪異発生。墓の写真、確かに撮ったのに写っていないという🥶 だから、写真は、前回に行った時のものを使いますね。
この坂田庄三郎さんですけど、あまり、話が残っていないんだよね。塙団右衛門に比べたら、本当に存在が薄い。塙団右衛門の家来という話もある。この坂田庄三郎も、樫井の戦いで、討ち死にしているんだよね。墓の写真は撮ったのに写っていないという怪異が発生したんだけど、カズシットとのツーショット写真は撮れているという。
本当に、残念なのは、エピソードがほとんどない事。ネットで調べてみたら、塙団右衛門の家来で、活躍したとか。話が残っていないだけに、色々と、自由に想像は出来ますけどね。武田信玄の重臣、山県昌景の次男、山県昌重も塙団右衛門の配下にして、この樫井の戦いで討ち死にしているみたいです。
という感じで、樫井の戦いで散った三人の武将の墓を巡って来ました。せっかくの休日に、墓を巡っているダークなヤツというワケでもありません。もちろん、それだけで終わりませんよ。次のブログは、この続きになります。
それでは、今日の一曲です。
正確には、明後日のブログになると思いますので、この続きを楽しみにしておいてね。
















