7月2日の日曜日。

和歌山城の清掃ボランティアの後、カズシットは、セノールマンキさんと合流し、まず、岸和田に行きました。岸和田で、セノールマンキさんの用事に付き合う。作っていたスーツを取りに行くというミッションだったんだけど、アオヤマと、アオキを間違えるという大ボケをかますセノールマンキさんでした。ちょっと焦ってました(笑)


まあ、そんな事がありつつも、まこと屋で、昼食。



この辺りも、和歌山みたいなラーメン激戦区みたいですね。めっちゃ、ラーメン店が集中している感じでした。


暑い中、向かったのは、本日のブログのタイトルでもある田尻歴史館です。僕は地理は詳しくないんだけど、まあ、この辺↓です。




近くに、和歌山のワカゾーが大好きなイオンがありました。セノールマンキさんは、未だに、アオキ、アオヤマを間違えた大ボケを背負っておりました(笑) けど、無事に到着。まあ、地元民が、メチャクチャ危ない事してくれましたけどね(笑) この辺りのチャリンコマナーは、あんまし、良くねーな。



田尻歴史館です。

歴史館という名前ですけど、旧谷口家吉見別邸という建物で、大正12年に、建築されました。



一見、洋館ですが、実際は、和洋共存する住宅でございました。





今でも、普通に住める感じでしたね。

どの部屋も自由に出入り出来て、すごく楽しかったです。





明治から大正にかけて、綿のとさえ呼ばれた、谷口房蔵の別邸です。この人は、ただ、有力な金持ちというだけではなく、港を築いたり、道路を整備したり、鉄道の導入とか、学校の支援とか、私財を投じて、色んな事を成し遂げた人物ですね。







紀州★カズシットが、尊敬する人物のタイプですね。ただ、ワシは大金持ちじゃあ、わっはっはっは!みたいな金持ちではなく、自分の利益よりも、町の発展に尽くすという姿勢は、今の時代の有力者にはあまり見られない例ですけど、そーゆー人物こそが、歴史を作っていくんだと思います。





自分の利益を必死に守るだけの金持ちには、歴史は作れないよね。ただの小者で終わってしまいますよね。明治、大正期は、そんな小者よりも、志の高い有力者が多かったんだろうね。


カフェも中にあったので、パフェと、コーヒーを楽しみました。



今の自分のライフスタイルが、あの頃とは全く違う事を改めて感じ、思わず、吹き出してしまいました。黒霧島のボトルをラッパ飲みしていた、あの時代が嘘のようです。そして、今のライフスタイル、決して、無理はしていないんですよね。昔なら、カフェで、二千円も使うなど、もったいない!と思っていましたもんね。



今の僕からしてみれば、寧ろ、黒霧島をがぶ飲みしていた時の方が、もったいない金の使い方をしていたよ。だって、翌日の頭痛、吐き気、覚えていないトラブルのために、金を払っていたんだから(爆笑) 僕は、今のライフスタイルの方が、自分に合っていると思います。それは、人それぞれですよね。



とにかく、田尻歴史館は、すごく居心地が良かったです。マジで、ここで暮らしたいと思うくらいに(笑)


せっかくだから、庭園や、茶室も見に行きましたよ。何つーか、あの時代の金持ちって、余裕があるよね。そんな気がした。







んー、やっぱ、人間って変わって来ているよな。そして、それが、決して、良き方向に変わっていると思えないんだよね。確かに、便利にはなっているけど、それだけなんだよね。今の金持ってる奴らって、全然、幸せそうぢゃないし。




大統領も、首相も、みんな、しんどそうだよな。とても、幸福には思えない。常に追い詰められていて、いつも、言い訳ばかりしている。僕は、そーゆー連中には、一切、憧れないし、尊敬もしないし、マジで、眼中にないね。要らねーわ。つまんねーし。


七夕だから、短冊を書いたよ。

素直に書かせていただきました。

そして、やっちまったぜ。あえて、書きませんが、解る人には解ると思います。



後日のブログにも書くけど、既にモコモコミュージアムにて、短冊を書いておりますので、今回は二つ目の短冊になりますね。



笹にくくりつけておきました。

ちょっとだけ、子供に戻ったね。それも、また、いいでしょう。内容については、どうか、心ん中で・・・(爆笑)


それでは、本日の一曲ですね。



この後、カズシットと、セノールマンキさんは、和歌山に戻ります。ディサフィナードへ、ジャズのライブを観に行くという流れでした。



この日は、マジで楽しかったな。

セノールマンキさんには感謝だよ。今のカズシットの最大の理解者が、彼女なのかも知れないね。