昨日は、シド・ヴィシャス先輩の誕生日でした。



今、生きていたなら・・・なんて事は思わない方がいいですね。彼は、もう、ずっと昔に亡くなってますから。カズシットが生まれて、三年後に亡くなっていますもん。だけど、彼がいたから、今の僕がいる。それは間違いないです。シドニー、改めて、お誕生日おめでとうです。これからも、このカズシットに、取り憑いていてくださいね❤️


それでは、連休中の話です。

九度山に行った日やから、5月3日やね。そうそう、美味しい鮎を食べたり、



真田ミュージアムに行ったりした日です。



九度山は、本当に、お気に入りの町で、もう、何度も来ております。


しかし、今日のブログは、九度山の話ではございません。九度山の帰りに立ち寄った町です。名手です。なかなか、マイナーな町ですけど、医聖と称された華岡青洲で有名な町です。・・・が、もう、駅の観光案内板が、この様↓ですよ😂



そんなに見せたくないのか。秘密主義の町なのか。これを見た時は、名手は、観光に力を入れてねーな!と思ったんですけど、たまたま、向かいから歩いて来たおばあちゃんに、招かれて、やって来たのが、今日のブログのタイトルでもある旧名手宿本陣、妹背家住宅であります。そう、町の人は、観光を重視しているみたいです。




華岡青洲の妻、加恵の実家としても伝わる旧名手宿本陣ですが、紀州藩主が、参勤交代や、鷹狩りの際に、宿泊した場所でした。




ここに、紀州の殿様が来たんだなあ。とか、イメージしてみる。何やら、話し声まで聞こえて来そう。不思議と、楽しそうに思えるんですよね。






夜は美味しい酒を飲んで、朝は気持ちよく迎えたんだろうな。上機嫌な藩主しか、想像できないんですよ。





それくらい、居心地が良かった。

今現在で、そう感じるんだから、江戸時代当時は、マジで、居心地良かったでしょうね。だから、藩主も、何代にも渡り、利用して来たと思います。





時代を超えて、その空気に触れていると感じる事が、とても、好きで、歴史探訪は、なかなか、やめられないです。一人でふらふらしているワケですから、一歩間違えたら、完全に不審者ですもんね。今回のように、建物が、ちゃんとある史跡が、どれだけ、ありがたいか。



旧名手宿本陣、妹背家住宅。

来て良かったです。つーか、絶対知らん人の方が多いやろ?と思う。和歌山でも、歴史の授業で、習った覚えないもんね。こーゆー史跡は、これからも、大切に残してほしいよね。


それでは、今日の一曲ですね。

一曲ぢゃないですけどな😅



管理人のおばちゃんに、こーゆーの↓をもらいました。貝で作った物ですね。



旧名手宿本陣を訪れた記念として、財布のチェーンにぶら下げています。ありがとう。