はい。昨日に引き続き、海南の話から始まります。和歌山から海南までは歩いて二時間くらいかかったなあ。普通は、歩いて行く場所ではありませんね。
けど、歩くのは面白いですよ。
テレビばっか観てる人にはオススメします。だって、歩いていると、新しいお店なんかも発見出来ますからね。僕も、この日、近所に、新しいラーメン店が出来ようとしているのを発見しました。
また、開店したら食べに行かないといけないな。楽しみが増えたぜ。
そして、めっちゃ歩いて海南に着いたワケですけど、目的は、ガンボジアの児童養護施設、スナーダイクマエの子供達の絵画展でした。
とても、素晴らしい絵だったんだけど、どこかに寂しさも感じました。絵というのはすごいね。人の感情そのものが、素直に表現される。音楽もそうですけどね。やっぱ、表現者は、政治家に勝るね。絵画展に来て良かったですよ。スナーダイクマエについては、こちら↓を。
プーチンや、ゼレンスキー、バイデンなどの各国の権力者どもには、到底出来ないような素晴らしい活動をされております。紀州★カズシット、微力ながら応援させていただきますね。
そして、海南を少し歩きました。
一番街、それから、ちょっとヤバそうなエリアも行きました。写真は載せませんが。町の中心部にあんなエリアがあるなんて、ちょっと引きましたが。
しばらく歩くと、こんなのがありました。
歌碑ですね。
これ、万葉歌碑です。海南には、かつて、多くの歌人たちがやって来ては、歌を詠んだそうです。万葉集に、14首の歌が収められているとか。歌碑も、たくさんあるみたいなので、今度は海南歌碑巡りでもしようかなと密かに思っております。
万葉の昔は遠浅の海で、波打ち際には、黒い牛のような岩があったそうですね。僕のお気に入りの町である黒江の地名は、黒牛の海、黒牛潟の名残らしいです。初めて知ったぜ。海南の酒である黒牛もそこから来ているんだろうな。
それから、こちら↓も忘れてはいけません。
海南市の誕生に尽力したという、日疋信亮の碑です。日疋将軍とも呼ばれているそうだ。今の海南市を見ると、ガッカリするかも知れないけど、海南市はこれからだぜ。街を諦めていない人がいる限り、街は死にかけても、死にはしない。と思ってます。我が街、和歌山市にも同じ事が言えます。昔の、あのクソみたいな諦めムードとは違い、今の和歌山はとにかく色々やっています。馬鹿にして笑うヤツは勝手に笑っとけばいい。紀州★カズシットは、頑張っている人の味方です。馬鹿にして笑う側につく事はないです。
海南から和歌山市に向かうトンネル。
こちらも、また、古いトンネル。鵬雲洞といいます。何と、このトンネルは、明治時代のトンネルです。路面電車用のトンネルでした。
行きの毛見隧道は、大正14年で、帰りの鵬雲洞は、明治44年。和歌山、すごくねーか?(笑) しかも、史跡でありながら、トンネルとしても現役なんだから、すごいよね。
中央に写っているのは、僕ですよ。
幽霊ではございませんので。しかし、このトンネル、いつ通っても、まあまあ、怖いんだよなあ。夏でも、寒いくらいだし。けど、居心地が良かったりもする。
鵬雲洞を抜けた後に続く紀三井寺緑道という遊歩道は、路面電車の線路跡なんだよね。これは、今さっき、鵬雲洞について調べている時に知りました。
和歌山市で暮らして、もう35年以上経ちますが、知らない事も多いです。今回、海南に行く事がなかったら、鵬雲洞について調べる事もなかったので、紀三井寺緑道が、線路跡だったとか、知らないままだったな。
結局、この日は、四時間以上歩きました。馬鹿ですよね(笑) けど、意味のあるウォーキングだったと思いますよ。人間、何歳になっても、新しい発見とか、新たに知る事とか、あるみたいですね。自分の知っている事だけを常識だと思っている大人は多いですけど、人が知っている事など、小さなもんですよ。全てを知っているワケではないんです。常に勉強やね。どれだけ、歳を重ねても。
それでは、今日の一曲。
次の休みは何をしようかな?
大寒波が来ない事を祈るだけですね。んー、土曜日は、多分、仕事かな?😂











