つーか、もう土曜日やぞ。日曜日の出来事を書くのに、どれだけかかってねん!なんて、言わないでくださいね(笑) それでは、五条のブログを始めます。


一月のうちに、二回も、同じ場所に行くのは、県内であっても珍しいんです。しかも、県外ですよ? そう、それが、奈良の五条ですね。



これ↑は、前回の五条のブログになります。この日に行けなかった場所に行くというのが、テーマでございました。しかしね、行ったところも、もちろん行っております。到着してから、すぐに向かったお店です。




中華料理店のミスターぽおですね。ここ、美味しいんですよ。カズシット好みです。弟のオススメで、前回来たんですけど、あまりに美味しくて、今回も来た感じですね。



五条に来たら、毎回、ここに来そうやな。また、五条には確実に来るので、寄らせていただきますね。しかし、めっちゃ食べたな。


昼食後、カズシット、まずは、市役所に向かいました。天気は、朝は雨降りそうな感じだったんだけど、見事に晴れてましたね。雨男☔️やのに。



↑五条の親友(笑)です。踏切事故から、人々を守っています。



↑市役所です。


この時は、まだ、旧市役所の事を知らずに、現市役所に代官所跡の碑を探しに行ったんです。ぐるぐる回るけど、それらしきものはなかったんで、とりあえず、イベントやってたんで、中に入りました。不審者と思われたら嫌だから(笑)



↑ドライフラワーを購入しました(笑)


イベントの警備をしていた人に、石碑の場所を聞いたら、それは、旧市役所かも知れないとの事。早速、場所を聞いて向かう事に。大体20分かかると言ってましたけど、10分くらいで着きました(笑)と、勝ち誇ってみる(爆笑)


最初に見つけたのは、この石碑。



漢字ばかりで何書いてるのか、分かんなかったぜ。これね、後で調べたんだけど、桜井徳太郎と、柏田久兵衛の両名の碑ですね。どちらも、政治家ですね。桜井徳太郎はとにかく熱い人だったみたいです。私財を捨てて惜しまなかったり、獄につながれたりしたそうです。


そして、これが、旧市役所ですね。



そう、ここだったんですよ。

天誅組に襲撃された代官所があったのは。



ちゃんと、石碑もありましたよ。

この五条は、明治維新の始まりの街と名乗っています。天誅組は明らかに、討幕の先駆けとなっていますからね。



皆さん、代官所跡は、旧市役所の方ですからね。間違えないでくださいね(笑) もう、これで、今日のブログ、終わってもいいくらいやな(笑) ま、もう少し書きますけどね❤️


奈良五条の新町通りにやって来ました。今も古い家がたくさん残る、雰囲気のある町です。



カズシットは、この町をすごく気に入っております。和歌山にも、こーゆー場所が多いので、この五条のように、観光地として成功する可能性を秘めておりますよ。和歌山藩の隠密としての任務で、視察に来たようなもんですね(笑)



前回行けなかった、栗山家住宅に向かいました。この栗山家住宅も、市役所と同じで、二つあったんですよ(笑) もちろん、両方とも、歴史ある古い家なんですけど、前回は訪れず、今回訪れた方の栗山家住宅は、民家としては、日本一古い家なんですよね。はい、こちら↓です。



建築されたのは、関ヶ原の戦いの七年後になる、1607年ですよ。国の指定重要文化財です。



しかも、この家、普通に人が住んでいます。史跡ではなくて、現役なんですよ。だから、中は公開されていないし、普通に、家の前に車があったりします。見学する際は、その点も考慮してくださいね。



しかし、こんな歴史的にも貴重なものを、そのまま、守っている家の方には、頭が下がりますね。これからも、貴重な建物を守っていってくださいね。


さて、再び、天誅組の史跡に戻ります。医師という経歴も持ちながら、天誅組の挙兵に加わった乾十郎の家があった場所↓です。




分かりにくくて、二回通り過ぎました(笑) 乾十郎は、その後、捕らえられて処刑されています。前回は、墓も見に行きました。


そんな勇ましい武士の乾十郎とは打って変わり、遊女に恋して、その遊女と心中したという、僕はあまり好きではないタイプの人間なんですけど、赤根屋半七という人物の家があった場所ですね。



赤根屋半七の心中事件は、人形浄瑠璃の演目にもなっているそうです。うーん、僕は、そーゆーのは嫌いやね。まあ、人を殺したい程、愛した事ないもんで(笑)


色んな人の人生の舞台となった奈良五条。新町通りは、そんな五条のですよね。紀州★カズシット、マジで、大好きな場所なんですよ。今回も、僕は全部見たわけではない。だから、また、ここに来る事になる。新町通りを中心に、色んな史跡が、集まり過ぎていて、マニアック(笑)なものを含めると、一日なんかで回れないですよね。



だから、また、五条にやって来るんです。それから、季節によっても、この町は、きっと異なる姿になるだろう。僕は、まだ、秋の五条しか知らないからね。桜咲く春のシーズンも、また、いいのかも知れないし。



次は、春に訪れようと思っています。

んー、雪景色の五条もいいかも知れないぞ?(笑) ぢゃあ、来年の一発目は、五条にしようかな?(笑) このように、紀州★カズシット、五条にめっちゃハマって来ていますけど、それだけの魅力が、ここにはあるという事ですね。


色んな事を思いながら、新町通りを歩いていると、鉄道模型のお店を見つけました。



何だか面白そうなので入ってみました。カズシット、鉄道マニアではありませんが、模型を見るのが好きなんです。店主さんが、鉄道模型のスイッチを入れてくれました。



五条と鉄道は、実は深い関係があるんです。幻の鉄道と呼ばれているものがあるんですよね。今日のブログの最後に、それについて書きます。新町通りを歩いていると、それを発見出来ます。


五新鉄道といいます。

五条と、和歌山の新宮を結ぶ鉄道ですね。それが、これ↓なんですけどね。



はい、完成しておりませんね。

明治の末期に持ち上がった計画で、昭和12年から工事が始まるんですけど、太平洋戦争になっちゃうんですよ。



戦争により、物資不足になってしまい、工事は中断。戦後になって、再び、工事は再開されましたが、社会情勢や経済の変化により、完全に、中止となり、現在に至るようです。



そのため、この五新鉄道は、幻の鉄道と呼ばれるようになったそうだ。しかしね、戦時中の物資のない時代は、鉄を節約するために、による骨組みを用いていたらしい。これ、完成していても、どこかの時代で、大事故になっている可能性もあったという事やね。



今では、五条の観光スポットの一つとなっている五新鉄道跡ですけど、まだまだ、深掘りしたいですね。これ、もし、完成していたら、五条は、もちろんの事、新宮も、また、今とは違っていたかも知れませんよ。



貴重な史跡だと思います。

ここを歩くというイベントもあるみたいだから、要チェックですよ。しかし、太平洋戦争ってヤツは、色んなところで、日本の邪魔をしていたんやね。戦争がなかったら、鉄道完成していただろうし、物資不足で、竹を骨組みに使う事もなかっただろうから、確実に、五条と、新宮がつながってますよね。



ここにおいても、戦争ファック!という思いを熱くさせた紀州★カズシットでした。五条のブログは、また、続きます。またかよ!って怒らないでね。


それでは、今日の一曲ですね。



さーて、今日は、女性を紹介していただける日であります。鋲ジャンで行こうか❤️