おはようございます。

田辺の話を書きたいけど、まずは、今日のメダカです。




こちら↑は室内。マリンが抱えてます。これ、昨日ついてたヤツだよね? 三匹になった夜桜は、一匹だけ、ボケーとしてるヤツいます。ここは、二匹になる確率高そうです😂 ロンリーたち4匹は元気ですね。ヴィヴィアンは、今日はおとなしいな。針子たちの調子は良さそうです。


さて、田辺の話です。

田辺は、紀州★カズシットが幼少期を過ごした町です。決して、いい思い出があった場所ではないです。いじめられたし、自閉症にもなったし、転校した後は、いつか復讐してやる!と思い続けておりました。だけど、今になってみると、好きな町になって来ていて、たまに、こうして訪れるようになりました。町は好きになっても、カズシットに地獄のような思い出をプレゼントしてくれたクソどもは、今も、大嫌いなので安心してください。


田辺市は武蔵坊弁慶の生誕地としても知られています。源義経に最後まで仕えた豪傑ですね。あれ、田辺出身なんですよ。カズシットも、好きな歴史上の人物(実在しなかったという説もありますが)なんです。



駅前には、弁慶のカッコイイ像があります。たまたま、居合わせた観光客のカップルに頼んで、ツーショット写真を撮ってもらいました。



誰にでも話しかけるカズシットは、職場で演じているキャラとは大違いですね。人付き合いで、要らねー事に巻き込まれるパターンが多いから、長く居なきゃいけない職場では、めっちゃ、壁を作ってます。それなりに、ひどい目に遭ったんですよね。ま、その話は今はいいです。


で、武蔵坊弁慶。

この人は、田辺の至る所に存在します。



時間的にまだ営業していなかったモミの木にも、弁慶がいますし、



カズシットの母校裏門前の神社には、弁慶が座ったという石もあります。多分、それはないと思ってますけど(笑)



↑カズシットの母校です。正門側です。



↑僕は裏門から登校していたので、こちらで記念写真📸


他にも弁慶の史跡はありますよ。

源平の戦で、どちらにつくかを、闘鶏によって決めた、その舞台となった闘鶏神社にも、当然、弁慶はいます。



熊野別当湛増は武蔵坊弁慶の父とされる。つーか、闘鶏で、自分たちの命運を決めるとか、すごいよなあ。


それから、こちら。




弁慶松と、弁慶井戸。元々はこの地にあったのですが、今は別の地にあるそうです。これ、昨日行ってないので、またまた、田辺訪問する事になりそうです(笑) 


扇ヶ浜にある、この石碑も重要。



ここから、熊野水軍が出陣したと伝わります。源平の戦で、源氏の勝利を決定付けた熊野水軍は、この場所から大海に出て行ったんですね。


以上、弁慶関連の史跡でした。


続いては、カズシットの思い出の地。

やっぱ、この川は外せない。七夕で、笹を流したり、つくしを採ったり、水遊びでは、大人にめっちゃ怒られた思い出のある会津川です。





田辺を去る事になった日、飼っていた小さな鯉を放流したんです。もちろん、そんな事はしてはいけない。当時は小学低学年ですからね。環境に影響を及ぼすとか、考えなかったし、今みたいに、明確に、ダメですよ!と言われてなかったんだろうな。大人も、何も言わなかった。けどね、僕にとっては、いつまでも暗い影を落としている出来事なんです。あんな小さい鯉が生き延びるはずないからな。自分たちの引っ越しの邪魔になるからと、捨てたワケです。それは忘れてはならない。



ここに来て、その事を噛み締めて、今、家にいるメダカ達を最後まで、ちゃんと面倒見る事を改めて誓いましたね。ま、誓うまでもなく、僕の今の人生で、一番重要な部分を占めていますからね、メダカが(笑)


まあ、長くなりそうなので、また書きますね。


とりあえず、今日の一曲です。

田辺のミュージシャンで、僕の先輩である那須さんが作詞作曲した名曲です。



続きは、今日中に書きますので、お楽しみに。