現在、ウクライナでは、そんな気持ちの人が多いんだろうな。プーチンをブッ殺して、家族の仇を取ってやりたい!って。間違えていないと思う。だって、極悪人やん。戦争だけぢゃなくて、虐殺までさせとるやん。戦争はお互い様かも知れないけど、武器持ってない民を虐殺すんのはあかんやろ。こうするしかなかった!っての、全く通用せんと思うよ。
今日のブログは、仇討ちについてのブログです。が、ちょっと、時代は現在とは違いますけどね。まあ、そんな話です。
舞台は、こちら、山中渓です。
あ、今回、登場するカズシットの写真は、合成なんで(笑)
山中渓は、桜の名所としても知られていますよね。今年も花見客で賑わったんでしょうね。来年は機会あったら行きたいですね。
山中渓は、江戸時代は、宿場町だったんですよね。昭和の中頃までは、温泉宿がいくつかあって賑わっていたそうですけど、今は、全て廃業してしまい、廃墟が残ってるだけですね。最初に、廃業した山中荘なんか、阪和自動車道のための立ち退きが原因だそうで、何とも言えないですよね。阪和館も、府道拡張工事で、廃業したそうです。ただ、今も温泉は湧き続けているんで、元禄という温泉宿があった跡地は、温泉の湧く売地になっているそうです。金が入ったら買おうかな(笑)
駅前には食堂が営業してました。この時は行ってないですけどね。確か、営業していたお店って、ここだけだったような😅
その昔は関所もあり、多くの人が行き交ったとか。古い時代においても、桓武天皇だったり、あの平家の大ボスになる平清盛だったり、ビッグネームが山中渓を通っておりますね。
なかなか、ひどい状態になっていましたけど😂 山中渓においては、やっぱ、昔の方が良かったんだろうなと、思いましたね。そんな山中渓に、ある場所があるんです。仇討ちがあったと云われている場所ですね。僕は、この時は、そこを目指していたんです。かつての温泉宿で賑わう山中渓だったなら良かったんですけど、今は、人はほとんど通らねーし、楽石注意の看板はあるし、
ヤンキーの形跡もあるし、
つーか、山中渓のヤンキーって、いい場所を溜まり場にしているよなあ。実際、こーゆー世界↓だからね。
それゆえに、ヤンキーよりも、幽霊よりも、野生動物が苦手なカズシットには、なかなか、過酷なミッションでしたね。そして、そこまでして、たどり着いたのが、ここでしたね。
日本最後の仇討ちがあったとされる場所ですね。江戸時代は、親や兄弟を殺した相手を殺してもオッケーだったんです。まあ、武士階級に限りますが。
安政四年。土佐藩士の棚橋三郎が酒に酔って、同土佐藩士の廣井大六を斬り殺してしまう。棚橋三郎は藩から追放されたが、大六の息子、磐之助は、父の仇である棚橋三郎を探す旅に出るんです。磐之助は、大坂にいた坂本龍馬より紹介された勝海舟の協力を得て、幕府の仇討ち免許状と、諸国の役人に宛てた探索依頼状を受け、勝海舟の門弟となりながら、探索を続けたそうです。
仇討ちについて、ちょっと説明しますね。
今の日本では、身内が誰かに殺されたとしても、その復讐をやらかせば、復讐した者が逮捕されるよね? 江戸時代は、復讐が合法的に認められていました。しかしながら、条件としては、殺された者が自分の目上である人物である必要があった。主君、父、兄などが該当する。弟や、妻子は、それに該当しなかった。それから、復讐する相手にも返り討ちが認められていました。剣術に自信がないと、復讐出来なかったというワケやね。あと、妻が他の男と不倫した時は、妻と、その男を、殺してもいいと認められていました。不倫、リスクデカイぜ。それから、仇討ち免許状ですね。これを持っていないと、ただの殺人になってしまったそうだ。
そして、磐之助は、文久3年に、和歌山の加太に、棚橋三郎らしき人物がいるとゆー情報を得るんです。しかし、紀州藩では、仇討ちは現在は認められていないと、紀州藩の役人から言われ、磐之助は、ガッカリしたそうです。ところが、紀州藩の役人は、紀州藩内でやられたら困るけど、外なら別にやっていいよと、棚橋三郎を国払いとして、境橋まで連れて行き、解放したんです。そこを、磐之助に襲わせたんですね。
↑現在の境橋です。もちろん、当時の面影など微塵もありません。
この仇討ちには、坂本龍馬も同行したとゆー話もありますが、事実ではないみたいです。その話では、刀を所持していなかった棚橋三郎に、坂本龍馬は、わざわざ、刀を与えるとゆー武士らしい事をやっているんだけど、大正時代の創作みたいですね。ま、事実として、磐之助は、境橋にて、父の仇である棚橋三郎を斬り殺し、仇討ちに成功したんですね。
↑仇討ちの舞台、境川です。
さて、見事に棚橋三郎を討ち取った廣井磐之助でしたが、土佐に戻り、廣井家再興に頑張るのだが、あの仇討ちから三年後に病死してしまうんだよね。27歳の若さでした。この人の人生は、まさに、仇討ちがメインだったのかも知れないですね。
けど、一生懸命だったんだろうな。真剣に生きて来たんだろうね。ボケーっと流されて生きている人生よりも、短くても、メラメラと燃えながら生きている人生の方が、そりゃあ、価値はあるでしょうよ。タレントで、ユーチューバーの江頭2:50さんが、ある学校でスピーチをしている動画を見たけど、なりふり構わずに真剣にやる!っての、僕の人生にあったかな?と思っちゃいました。磐之助は、父の仇討ちのために、色んな壁にぶち当たりながらも、諦めずに頑張ったから、結果、憎き棚橋三郎を倒す事が出来たんだろうね。人生、一度はマジで真剣に生きてみるのもいいかも知れません。ただ、僕には、磐之助にとっての棚橋三郎がいないんです。つまり、そこまで、真剣になってまでやり遂げたい事ですね。まだまだ、それを探している途中です。
それから、人には恨みを買わない事ですね。棚橋三郎は、酔っていた事もあり、廣井大六を殺してしまったんですが、改めて、酒って怖いと思いますね。飲んでさえいなければ、廣井大六も死なずに済んだし、棚橋三郎も仇討ちによって殺されずに済んだのだから。酒飲んでなくても、人から恨みを買う事も、もちろんあります。プーチンも泥酔しているワケではないしね。正気で、アレやからな。恐ろしいもんですよ。けど、彼は、もう二度と、護衛なしでは公園にも行けないだろうな。愛される大統領にはなれないですね。この先、どんなにいい事をしても、無理です。棚橋三郎にとっては、廣井磐之助のような人間が、プーチンにはメチャメチャいますからね。そんな人生、嫌やなあ。まあ、自業自得ですけどね。
それから、仇討ち。僕は、現代日本においても認めたらいいと思いますよ。死刑執行する人は、直接、恨みのない人間を殺さなきゃいけないワケだから、死刑執行ボタンを押すのを、被害者の遺族の方が希望するのなら、させてあげてもいいと思います。僕がもし、親兄弟を殺されたら、殺したヤツは絶対に殺さなきゃ、気が済まないと思います。きっと、みんな、そうでしょう。それを、ぐっと、抑えているだけ。犯人が死刑になっても、被害者の遺族は、感情を押し殺したまま、生きていく。その方が酷だと、僕は思いますね。今日のブログは以上です。















