先日、悪友から、LINEメッセージが届いた。遊びたいぞ!と。オミクロンが広まってから、僕は、誰かと遊びに行くというのは避けている。出先で偶然会う場合でしか、人付き合いはない。だから、ヤツとは、去年のクリスマスから会ってない。
けど、僕は、友達だからって、毎回会わなきゃいけないとは思ってない。けいさんや、りかさんも、常に三人一組で行動する事が多かったけど、今は、たまたま、遭遇した時に、遊んでる。それでも、僕は彼らとの友人関係が薄くなったとか、一切思ってない。年を取ると、そーゆーもんだと思ってるし、コロナの事も、もちろんある。ただ、今日のブログは、僕が悪友と、毎週のように遊び回っていた時代の話だ。あの頃を思い出したら、やっぱり、楽しかったなあってなるもんである。
あれは、2017年の正月休みだ。
40歳になって迎えた最初の正月だった。行った事のない所に行きたいとゆー僕のリクエストを元に悪友が計画を考えてくれた。朝焼けを眺めながら、電車に揺られた。当時は飲む人だったから、電車移動中は、ずっと酒を飲んでいたなあ。まさに、移動する居酒屋みたいな感じ(笑)
周りの目なんか、一切気にしなかったね。今だったら、酒をやめていなかったとしても、周りの事は考えるかな。ま、当時はアホだったという事ですね。黒霧島の水割りを電車内で作っては飲んでましたから、こう↓なってましたね。
電車は、そんな僕たちを乗せて走ります。まずは、恐竜の町で売ってる福井ですね。戦国時代は、朝倉義景が支配していた場所です。
朝倉義景の遺跡には、この時は行ってないけど、あそこはいずれ行きたいですよね。そして、恐竜ですけど、福井県が〝恐竜〟に力を入れたのは、まあまあ、最近なんですよね。1982年に、ワニの化石を発見した事で、他にも出て来るかも知れないと、調査を始めたら、恐竜の化石が次々と発掘されるようになったとか。2000年に、県立恐竜博物館が開館しましたが、これ、カナダ、中国の博物館と並び、世界三大恐竜博物館に数えられている。この時は、軽く、福井に立ち寄っただけなので、恐竜博物館にも行ってない。福井をメインに旅行するのもいいかもなと、思う。
それから、金沢にもやって来ました。この時は会ってないですけど、パンクの先輩が住んでいる町なんです。
あ、金沢の先輩↑は、僕の右隣です。十代の頃、パトカー燃やして新聞に載っちゃった事もある怖い先輩(笑)ですけど、僕には兄貴みたいな存在です。色々教えてくれました。ハードコア化(笑)したのは、この人の影響大きいです。まあ、そんな先輩が住んでいる町ですけど、この時は酒でフラフラになってて、金沢に来たぜ!くらいしか覚えてない😂 この二枚の写真も、
金沢で撮影したものである事を、後日、悪友から聞いた程でした。というワケで、金沢もまた行かなきゃなんねー町となりました。福井と金沢を単独で回る旅行を、計画しよう!っと❤️
悪友と僕は、この時は、富山に泊まりました。何つーか、いいホテルだったよね。
窓から、外国のような山が見えているし。海外にでも来たような気分だったのは言うまでもないね。
窓から外を見ているだけで、一日過ごせそうでした(笑) まあ、窓の外を見ているだけだったら、もっと、富山を楽しめたと思うんだけど(笑)
それにしても、豪華なホテルでしたね。悪友との旅行で、こーゆー展開は珍しかったな。我々は公園野宿も普通に出来ましたからね。ま、あの時期に、それを、富山なんかでやっていたら、凍死ですけどね(笑)
しかし、凍死はしなくても、ちゃんと、死にかけましたよ。寒さで、ぢゃないよ。アルコールで。です(笑)
ホテルに荷物を置いてから、居酒屋に繰り出したんだけど、カズシット、一軒目でアウトでした。強い酒を持ち歩いていたから、カズシット、酒強かった!というイメージを持っている人もいるかと思いますが、元々、飲めない体質でした。唯一、安心して飲めるのが、黒霧島のような芋焼酎だったんだけど、この日は、そんな芋焼酎にも裏切られました(笑)
もう一軒行くも、食べては、トイレで吐くという、メンヘラのダイエット状態(笑)でした。結局、ホテルで寝る事になりました(笑) 電車で飲み過ぎたな。
けど、翌日には完全復活でしたね。朝から、もう飲んでましたね。今から思えば、バカなのか?って感じですが。
富山を後にして、バスで、白川郷に向かったんです。この時の旅行のメインですね。しかしね、バスにトイレがないという状況は、酒飲みには酷でしたね(笑) バスに乗る前には必ずトイレに行きましょうね。そうでないと、こんな事↓になります。
悪友たっちゃん、ペットボトルにオシッコしています。漏らすよりはマシだろうと。お茶と間違えて飲んでくれたら、面白かったんですけどね(笑)
白川郷は、有名な観光スポットですよね。ホラーゲーム『ひぐらしのなく頃に』の舞台であるヒナミザワ村のモデルとなった場所で、ファンには聖地とされているが、僕はそんなゲームもアニメも知らないので、そーゆーつもりで訪れたのではない。合掌造りの民家を見たくて、ここに来たんですよね。
悪友が言うには、雪が積もって、真っ白だったなら、もっと良かったと。確かに、その風景、想像すると、この時の白川郷は、惜しかったなあ!とゆー感じやね。
でも、不満ではなかったです。
合掌造りの民家が並ぶ、あの風景は、雪景色でなくても、十分感動出来た。まあ、この橋↓は、ちょっと怖かったけどな。
高さはないけど、コンクリート製の吊り橋はなあ。ちなみに、であい橋という名がついてます。出会いはなかったけど(爆笑)
白川郷を楽しんだ後、悪友と僕は、飛騨高山にやって来ました。
ここの町並も良かったなあ。
飛騨の小京都と呼ばれている程だからね。1411年に、飛騨国司の姉小路尹綱が、室町幕府に対し、挙兵した、飛騨の乱があったものの、戦国時代は、金森長近が領主となり、この人物が、世渡り上手で、江戸時代も、初代藩主として、この地を任されるワケですけど、六代で、天領となる。一揆が多発し、金森氏は改易となったそうだ。ま、歴史の話は、これくらいにしようか(笑) 長くなるから。
皆さんが知っているであろう、山下清の原画展もあったんですよ。まあ、当時は酒の事しか頭になかったので、中に入って、絵なんか観ようとゆー気持ちは一切なかったけどね。
山下清と、飛騨高山の関係は解らないですけど、ここには貴重な作品が展示されていたようです。今の僕だったら絶対に観てますね。まあ、当時は、金を払うなら、酒に払うという流れでしたからね(笑)
ずっと酔っ払っているから、何か知らんけど、楽しいなあ❤️程度でしょうね。町並が良かった❤️くらいの感想しかないんだよね。そー考えると、実に、もったいない!ですね。次、いつ来れるかなんて分かんないのに。だって、実際、もう五年経っちゃっているもんね。
そんな酔っ払いだけど、飛騨高山に来たという記念だけは、しっかりと残しましたね。
けど、今だったら、もっと町を楽しんでいるかな。当時は,マジで、酒が全てでしたからね。厳しい言い方をすれば、別に、ここまで来なくても、和歌山でやっている事と、同じ事をやっていただけなんだよね。
まあ、悪友と、知らない町で酒を飲むってのも、あの頃の僕には最高のイベントには違いなかったし、今も、最高の思い出とはなっていますけど、せっかく、悪友が、ここまで、僕を連れて来てくれているのに、今思えば、ちょっと申し訳なかったね。富山でのゲロゲロタイムも含めて。
けど、この日、カズシットの人生には、プラスが生じるんですよ。それは、宿泊先でした。そう、カズシット、この時、初めて、ゲストハウスってのに宿泊したんですよ。そん時は多少、酔いもマシになっていたので、宿泊客の外国人の方々と、お喋りが出来ました。みんなとの写真がないのは残念ですが。
韓国からの観光客のお姉さんに、英語出来ないの?と問われた時、僕は、日本における海外旅行の常識ってのが、世界とズレている事を知りましたね。そう、英語って、世界共通語なんだよね。だから、ガキの頃から、学校で勉強させられるんだけどね。韓国含め、外国は、海外に旅行するために、英語を習得しているんだよね。日本人って、英語喋れなくても、新婚旅行とか、卒業旅行とかで、普通に海外に行っちゃうよね。これ、本当は怖い事なんだよな。行った先の国で、何が起こるか、分からないんだから。僕は、ただ、ただ、感心させられたね。そして、このゲストハウスにいる間は、ちょっと英語頑張りました(笑)
パソコンを自分の待ち受けにするという、くだらないイタズラとかしていましたけど(笑)
ゲストハウスでの時間は、カズシットの新しい扉を完全に開けていたよね。海外の人たちと、メチャクチャ、距離が縮まったように思えたもんね。そりゃそうよ。みんな、同じ場所で寝ているんだから。
ゲストハウスというのを教えてくれた悪友にはメチャクチャ感謝している。パンクとゆー偏った世界にいながらも、常に、広い交流を求めていた僕には、最高の場でしたね。
旅から得るものはデカイ。悪友は
常に旅を愛し、その出会いを大切にしている。僕が、ヤツと出会ったのも、ヤツからすれば、旅の途中だったしね。また、こうやって、知らない町に出かけていきたいんだけど、今の現実、なかなか、そうはいかない。どうせ、僕は、将来、孤独死を約束された身分だ。年取ってから、死に場所を求めて、旅に生きるのもいいだろう。
とりあえず、今は、思い出を深く刻んでおきたいんだが、クソッタレのアルコールのせいで、100%の記憶が無いぜ。
・・・遊びたいぞ。・・・か。
いつしか、本当にすれ違うようになってしまったな。悪友だけではない。けいさんや、りかさんとも、以前みたいに、遊び歩く事もなくなったし、パンク仲間なんか、去年から顔も見てないよな。相棒との付き合いが、今も続いていたとしても、2019年から2022年の間に離れているかも知れない。僕の中での価値観は、嘘のように変わってしまった。もう、昔の自分には戻れないって、解る。かつての仲間が、そんな僕とつるんでいても、絶対面白くねーのは間違いない。寂しい事だろうけど、お互いに前に進むしかない。だけど、思い出というヤツは、生きている限り、永遠だ。
















































