相変わらず、戦争続いてますが、あんなアホどもは、放置して、ブログを進めましょう。マジで、コロナに感染して死ねばいいのにね🖤 コロナよ、あーゆーヤツにこそ、お前らの力を見せてやれ。
さて、ブログです。
真っ白な城と言えば、姫路城でしょう。このブログを読んでくれている方には、城マニアも多いと思います。まあ、あんまし、深く詳しい人は、満足させられませんが、シンプルに、城が好きな人には、楽しんで読んでもらえると思います。
時は、2016年です。
まだ、コロナ禍なんか、予想もされていなかった時代ですよ。カズシットは、弟と、姫路にやって来たんです。
まず、始まりは、姫路名物のえきそばでしょう。
終戦後、まねきは、うどんを販売し始めたんだけど、冷蔵庫が不備の時代で、うどんは傷みやすく、黄色いそばを開発し、売り出したそうです。それが、えきそばですね。
とても美味しかったです。戦後の苦しい時代を乗り越えて来た多くの人々を、幸せにした味ですね。
それから、これも、姫路名物ですね。
チーカマドッグというヤツです。
この手の情報は、弟が詳しくて。
一本150円という安さも、またいいね。テレビでも紹介されているみたいですよ。姫路の名物、まだまだ、あると思うので、調べてみるといいかもね。
さてさて、本日のブログのメインになります。姫路城ですね。暴れん坊将軍に登場する江戸城も、実は、この城なんですよね。幼い頃、母親から聞いた覚えがあります。
この日は、残念ながら、雨天だったんですけど、人気のある姫路城には、長蛇の列が出来てました。城の中に入るのに、順番待ちをしたのは、初めてでしたね(笑)
この姫路城、城そのものは、すごく有名で、日本の名城100に選ばれているのは、もちろんの事、ユネスコの世界遺産リストにも登録されていますが、基礎になった城を築いたのは、赤松貞範という、まあ、マイナーな武将ですよね(笑) 南北朝時代、北朝方に加わり、室町幕府の確立に尽力した武将です。
その後、戦国時代に、黒田重隆、職隆父子が、城の規模を拡大させます。そして、関ヶ原の戦いの後に城主となった池田輝政によって、現在の姫路城になったんですね。
池田輝政↑です。ちょっとおとなしい見た目ですよね。めっちゃ良い人だったそうです。福島正則と功名争いをした岐阜城攻めの際も、一番乗りの手柄をあげたのに、福島正則と同時に城を落とした事にしたそうだし、家臣が、芹を盗んだ時も、自分も芹が好きだからと、許したそうです。豊臣秀吉にも、これくらいの器があれば良かったのにね(笑) あ、秀吉も、姫路城に天守閣を築いていますよ。
江戸時代になると、姫路藩の藩庁となり、外様大名監視のための西国探題も設置された。明治時代までに、6氏31代が城主を務めた。というのは、城主が、病弱だったり、アホだったりすると、牽制任務が果たせないので、頻繁に交替したんですね。
↑城に入るために並ぶカズシット。
そして、姫路城は、めっちゃ幸運な城なんですよ。4度の危機を乗り越えているんです。まずは、戊辰戦争の際、当然、外様大名を牽制していた姫路城は新政府軍の破壊対象でした。ところが、新政府軍に参加していた岡山藩が、城門への形ばかりの砲撃で済ませたんですね。それは、岡山藩主が、池田章政だったからとも云われています。そう、あの姫路城の城主だった池田輝政の子孫だったのです。
池田章政↑です。幕府軍との戦いに参加しつつも、自分の先祖が修築した大切な城をブッ潰せなかったんでしょう。現在の姫路城があるのも、この人のおかげでしょうね。
そして、3度目の危機です。姫路城の敷地内に、陸軍歩兵十連隊が置かれ、大天守の取り壊しが決まります。そんな時、ん? この城、美しいじゃねーか、壊すのは惜しいだろ!という声が上がります。飛鳥井雅古と、中村重遠が尽力し、陸軍卿である山県有朋に、陸軍省の費用で、姫路城を永久保存するための修理をすべきだ!と意見書を出し、それが認められて、姫路城はついに、壊される事なく、保存される事になったんですね。
4度目の危機は、アメリカの空襲。今も、そうですが、戦争を行うヤツには、美しいものを守ろうとする気持ちなんかありませんからね。汚い人間ですからね。この顔↓を見てください。
まさに悪魔のような顔をしているでしょう。地下鉄サリン事件を起こしたオウムの連中よりも、さらに重い罪を犯してますからね。顔からして、その残虐さが感じられますが、まあ、戦争を起こす奴らというのは、自分の利益のために、他人を潰してもかまわないという思想の持ち主なんで、姫路城も例外ではなかったんですね。何もかも、破壊してしまえ!ってゆー狂気が、姫路城にも迫っていました。しかし、天守閣を直撃した爆弾が、不発弾だったために、燃える事なく、空襲の翌朝、瓦礫の山と化した焼け野原に、姫路城だけが無傷で建っているという奇跡が起こってしまったんですね。
↑城内のカズシット。満員のライブハウスのようだったなあ。
このように、幾度も危機を乗り越えて、現在に至る姫路城は、まさに、幸運の城ですよね。これからも、この白い城は日本の宝として守っていかないといけないよね。
他にも、姫路城にはたくさんの話が残っております。まずは、剣豪の宮本武蔵が、妖怪を退治したという話。まあ、フィクションっぽいけど(笑)、この時、妖怪退治のお礼として、宮本武蔵は、姫路城の守り神である刑部明神から、名刀郷義弘を受け取ったそうです。調べた結果、明治時代の創作でした(笑)
有名な怪談話もありますよ。
それは、姫路城の敷地内にある、この井戸が舞台となってます。
皆さんも知っているでしょう。
井戸から、女の幽霊が現れて、皿を数え始め、一枚足りない!と泣く話。姫路城主の小寺則職を暗殺しようとした青山鉄山だが、小寺氏の忠臣、衣笠元信から送り込まれていた下女のお菊の働きにより、暗殺に失敗。鉄山は、暗殺計画が露見した理由を、町坪弾四郎に命じて調べさせる。弾四郎は、お菊が張本人である事を突き止めるが、前々から、お菊と、一発ヤリタイと思っていたので、アイラブユーと、お菊に迫るワケですね。しかし、お菊は、それを拒絶する。怒った弾四郎は、お菊が管理する小寺家の家宝の皿を一枚隠してしまい、家宝の皿を紛失した罪で、鉄山は、お菊を処刑しようとする。が、弾四郎が間に入り、お菊を木に縛りつけて、俺の女になれ!と迫る。しつこい野郎だ。しかし、お菊は、やはり、拒絶。ついに、ブチキレた弾四郎は、お菊を殺して井戸に捨ててしまった。それが、この井戸↓です。
それから、夜になると、この井戸から、お菊の幽霊が現れるようになる。皿を数えて泣く女の霊。その怪異から、この地は皿屋敷と呼ばれるようになった。
その後、小寺氏から姫路城を奪っていた青山鉄山が、衣笠元信を中心とする小寺の忠臣たちに、城を奪還されて、ブッ殺される。お菊を殺した弾四郎は、自分が隠していた家宝の皿を手土産に、小寺家への帰順を請うが、捕らえられ、お菊の妹二人に殺されたそうだ。この話も、創作だと思うけど、どうなんだろうか。あの井戸を見たら、お菊の幽霊が普通に出て来るような感じがしましたね。
そして、最後に紹介する話は、天守閣建築の際の悲劇ですね。天守閣建築の中心になった大工の源兵衛が出来上がった天守閣に、妻を連れて来たところ、妻が、この天守閣、傾いとるやん!と。素人の女の目から見ても、傾いているとするなら、自分の仕事がミスったという事だと、ショックを受けた源兵衛は、天守閣から飛び降りて死んだと云われている。確かに天守閣は傾いていましたが、昭和の修復で、修正されています。しかし、何となく、不幸な話が多いよな。美しい城だけにね。
伝説も多いですけど、史跡としても、もちろん、素晴らしい名城です。ただ、この日は、残念ながら、雨だったので、天守閣くらいしか、ちゃんと見てないですね。まあ、我が人生で、あと何回か、訪れたい城であります。
姫路城を出てからは、当時は今よりもオタクだった弟に付き合って、こーゆー店に行ったり(笑)
姪っ子へのお土産も、ここ↑で買いましたよね(笑)
あとは、酒と食べ物に走っておりました。
先日、断酒して二年半を迎えましたけど、当時は、メチャクチャ飲む人間でした。2軒行ったよなあ😀 その翌朝、随分前にブログに書いたけど、天空の城、竹田城跡に行ったんですね。
雲海を見に行くつもりだったので、雨降りの姫路にも、不満はなかったんですよ。雲海が発生する条件に、前日の雨が必要だからね。翌日の天気予報は、あの辺りは晴れになっていたんで、これは、雲海を見れるかも❤️という期待にワクワクしておりました。しかしながら、雲海は見れなかったんです。未だ、我ら兄弟は、リベンジに燃えているので、その際は、また、姫路城→竹田城跡というコースをたどりたいけど、それだと、また、雨の姫路城になってしまうな😅
そうそう、姫路城でも、猫の写真を撮りましたが、
紀州★カズシットが、なんちゃって写真家として、デビューするんですよ。そう、猫の写真でね。この猫↑ではありませんけど。和歌山は桃山町のカフェ、MUROさんにて開催される猫パンチとゆーイベントです。
猫好きの皆さんは、是非、見に来てくださいね。猫アレルギーな僕、頑張りましたからね。
最後は宣伝になっちゃったけど、本日のブログは、ここで終わっときますね。平和な世界でありますように。
























