一軒の店が幕を下ろした。西成にあった、ライブの出来るうどん屋、ニューワール堂だ。
カズシットがボーカルをしていたパンクバンド、ダンビラの活動拠点となった場所です。残念ながら、コロナ禍の影響をしっかり受けての閉店となってしまった。ダンビラも、2020年に、ニューワール堂で、イベントを計画していたんだけど、それも、コロナのせいで中止にしたんだよな。まあ、ダンビラは、その年に解散してしまったんだけどね。
今日は、ニューワール堂でのたくさんの写真を載せながら、西成での思い出や、西成という町について、僕自身が思う事などを書いていこうと思いますね。
西成という町は、異色ですね。
日本であって、日本ではない感じもする。
本当に日本国憲法が通用するのだろうか、と心配になる事もある。そういう町です。まあ、治安というのは、良くないです。昔よりはマシになったとは言っても、西成周辺では、こーゆーの↓はよく目にします。
パトカー見ない日なんか、一度もなかったね。血まみれの人がうずくまっていて、こちらが、警察を呼んだ時さえあります。めっちゃカオスです。
日本で、唯一、デカイ暴動が起こった町としても有名で、西成にある警察署は、防御力が最強です。暴動に対する備えは、いつでも、バッチリです。
けどね、そーゆー危険な町の方が、パンクをやってる者とすれば、テンション上がるんですよね。
バンドもやめて、酒もやめた現在では、とくに用のない町ですけどね(笑) わざわざ、行く理由が見つからない町ですね。けど、パンクやってて、酒もガンガンやっていたあの頃は、この町こそ、俺たちのフィールドくらいに思ってましたね。いかれてましたね(笑)
西成を知らない人でも、靴の片方だけ売られてるとか、都市レベルくらいに信じ込んでいますが、僕は残念ながら、片方だけ売られている靴は見てません(笑) が、確かに、こんなもん、買うヤツおらんやろ!と思われるものが売られてましたけどね。
けど、西成にも、オシャレなお店はあったりするんですよ。例えば、こーゆーの↓ね。
僕が、十代の頃に初めて、西成を訪れた時は、恐怖でしかなかったけど、今は少しずつではあるが、ダークなイメージを変えようと頑張っているんでしょうね。賛否両論はありますけど、僕個人としては、やっぱり、治安はいい方がいいでしょうよ。歩きながら髪の毛をハサミで切ってるオッサンとか、いきなり看板蹴り倒すオッサンとか、真冬にタンクトップで、ホームレスしばいてるようなヤツはいない方がいいでしょう(笑)
パンクと西成の関わりについては、やはり、外せないのが、エッグプラントですよね。ニューワール堂は、エッグプラントの再来という声もありました。僕はエッグプラントには行った事はなく、先輩たちの話の中でしか知らないんですけど、関西で、パンクやってて、このハコの名前を知らねーヤツとか、ニセモノだろう!と言われるくらい、有名なライブハウスでした。
そのエッグプラントが、西成に存在していたんです。まあ、言うまでもなく、ハードコアの巣窟みたいな場所になっていたワケやけどね。当時は、みんな、十代や二十代前半くらいのパンクスが多かったから、暴力全盛期だろうね😭 僕の大嫌いな世界ですわ。
とくに、西成はブッ飛んだ危ない町だったから、危ないハードコアシーンには相応しかったかもね。エッグプラントは、最後は、店をブッ壊す解体ギグで終了したと。あの時代のパンクやなくて良かったぜ(笑)
エッグプラント解体が1989年だから、ちょうど、カズシットが、中学生の頃ですね。ハードコアなんか知らねー陰キャでございました(笑) そーゆー歴史を振り返ると、ニューワール堂が、エッグプラントの再来ってゆーのには、疑問を持ちますね。ニューワール堂では、そんな暴力の嵐が吹き荒れていませんからね😀→パトカー来るような出来事のキッカケを作ったヤツが、何を言うとるねん😂
だけどね、昔のエッグプラントも、それから最近まで営業していたニューワール堂も、その時代、時代のパンクにとっては、素晴らしい場所だったに違いないですよ。それは、間違いなく言えます。
そして、西成ね。
実は誰とでも仲良くなれた。
あれは、2018年のライブの翌朝だったな。ホテルから出て、メンバーで、朝から飲んでいたんです。某店で、盛り上がっていたら、店の人に、うるさい!と言われ、結果、追い出される事に(酔っ払い天国も、朝からは、そーゆーモードではないらしい)。そん時、一緒に騒いでいたのが、たまたま、隣にいた客という展開(笑)
仲良くなって、その人の店で、飲み直したというエピソードでした。こーゆー出会いは、西成を知る皆さんも多かったのではないでしょうか? まあ、シラフになった今では、なかなか、無い展開ではあるけどね。
西成は、裏通りに行けば、ヤバそうなのが、ウロウロしてるけど、それでも、かつてよりは、マシになったと、皆さんは言ってます。最近は安い金で、旅行をしている人を、ターゲットに、観光地として売っているそうです。確かに、ホテルとか安いもんなあ。それから、中国人カラオケ居酒屋が多い。カズシットも楽しんで来ましたけどね。
うーん、可愛かったね。
また会いてーぞ、コノヤロウ❤️
外国人観光客も、メチャクチャ増えて(今はコロナ禍だから減少してますが)、ゲストハウスで、異文化コミュニケーションを楽しめるような町になりましたよね。
もう、ヤクザがオラオラ💢やってる時代ぢゃないんだよ。僕はね、今の方がいいと思ってます。繰り返しになるけど、治安はいい方が、絶対にいいし、暴力なんかでは何も生まれないからね。言っちゃえば、パンクの武勇伝みたいなのも、昔は好きだったけど、今は、だから何?って思っちゃいます。あれってさ、当時のパンクが、十代、二十代だったからこその世界であって、今も、それに励んでるような連中は、痛いオッサンと思われても、仕方ないでしょう。
西成のクリーン化が、町の本来の味を損なうという見方もあるが、僕はそれは違うと思う。ただ、見せたくないものを隠すというやり方はダメやね。やるなら、そこに住んでいる人たちにも、ちゃんとしてあげないとね。路上生活者には、住居を与えるべきだと思いますね。そうしないと、何の解決にもならない。
ニューワール堂は、西成でも、行きやすい場所にあった。西成が怖いという人たちでも、安心して来られるような店だった。閉店しちまったのは残念だが、これからの西成には、こーゆーお店がどんどん増えて来るんだろうと思う。町のカラーは変わっていく。暴動を起こしていた人たちも、高齢になっていった。いつまでも、怖い町では続いていかないだろう。
そして、カズシット。
西成には、行かなくなった。確かに、あの頃は、スリルあって、楽しいと思ったし、海外旅行に行くよりも、海外に来た感覚が味わえた。町の人との交流も楽しんだ。けど、西成は、今でも、シラフだとキツイ町だと思う。酔っ払っていたからこそ、楽しめたんぢゃないか?ってね。あの町では、酒が必要かも知れない。もし、僕の鉄の断酒を撃ち破るものがあるとしたら、それは、西成だろう。
今は、良き思い出の場所として、心の片隅にでも、そっと残しておくとしようか。いい町か、悪い町かで言えば、間違いなく、いい町ではないだろう。僕が見る限り、そこには、たくさんの憎しみが渦巻いていた。外から来た人が、酒を片手に、「西成、最高‼️」とか言ってんのを、じっと見ている目は、いつか、テレビで観た外国のスラム街の住人のようだった。その目に、幸せなどというものは、微塵も感じられなかった。これが、僕が、西成で持ったリアルな感想だ。
でもね、みんな、一生懸命に生きている。とにかく生きる。必死に生きる。その思いは、どの町よりも強い。西成はヤクザがオラオラやってる町でもなければ、社会から逃げ出した奴らの町でもない。この町に幸せなんてないかも知れないけど、願わくば、みんな、夢は捨てないでほしいと。
関西パンクに愛された町、西成よ。
また、いつの日か・・・。


































