今年のハロウィン仮装🎃は、




ダンビラのステージ衣装でした。バンド解散から一年過ぎ、なかなか、着る機会もないので、ハロウィンの仮装に使っちゃいました。これ、実は、国鉄の制服だったりします。ネットオークションで、16000円くらいで買いました。このステージ衣装は、アナーキーの真似(笑)です。さて、本日は、カズシットの最後のバンド(即興バンドや、ゲストボーカルを含めない)、ダンビラについて書いていきますよ。


ダンビラは、言うまでもなく、ダンビラビラビラ続編でした。



↑ダンビラビラビラ。

ダンビラビラビラが、2011年の秋に、カオスなライブをやらかして解散します。


その前のライブが、爆竹🧨パンパン状態だったので、お客さんの中に、持ち物検査をされた人までいるようなデンジャラスなライブでした。まさに、ダンビラビラビラの終焉には相応しいものでした。

それから、カズシットは、ファッキン・ブルシット、阿修羅でパンクロッカーとしての活動を続けます。が、カズシットの両親も高齢者なワケです。父親が、まともに歩けなくなり、バンド中心のライフスタイルが不可能になります。そこで、ファッキン・ブルシットを脱退し、阿修羅は解散となり、カズシットは、バンド活動をやめてしまうワケです。ちょーど、今の自分みたいな感じやね。

しかしね、カズシットとバンドやりたいよ!って人、意外にいるもんです。まずは、ラッキーマナブ。


けいさんの誕生日イベントで、一回限りのユニットを組んだんですよね。



その続きをやりたいって事だったんですよね。さらに、千龍銃からも、カズシットをボーカルにしたいって話が来たんです。トモヤとツインボーカルという形にしたいってね。



しかし、どちらにも、僕は乗りませんでした。気持ちはすごく嬉しかったです。まだ、必要とされてるんだな!って。でも、現実問題、無理だったんですよね。活動が、和歌山だったし、ゆるい感じだったんで、頑張れば出来たんでしょうけど、この時は頑張る気力もありませんでした。


そんな紀州★カズシットを、再び、バンドの世界に引き戻そうとしている人間が、もう一人いました。ダンビラビラビラのリーダー、拳銃でした。



拳銃は、カズシットを次々とライブに誘いました。ライブに連れて行けば、カズシットのバンド熱が復活すると信じたんでしょう。確かに、僕もバンドが嫌でやめたのではなかったし、家庭の事情でやむを得ずにという事だったので、ライブに行くにつれて、バンド、やっぱ、いいよなぁ❤️なんて思ったりしました。


そして、2017年の夏のバグースで、パンクの大先輩であるタカミさんに背中を押され、ダンビラビラビラの復活を考えるようになりました。



さらには、大阪や神戸のパンクの先輩たちと、交流するようになっていきます。今、思えば、拳銃の作戦だったのかも知れないね。彼は、カズシットに、火をつけたのかも知れません。




先輩たちも、また、ボーカリストとしてのカズシットを見たいと言ってくれて、ついには、ダンビラビラビラ再結成を宣言する事になりました。ただし、ライブは年四回で、月一回のスタジオ練習ってのが、条件でしたね。年に四回のライブは、マネージャーの意見でもありました。ガチにならずに、遊びでやるというスタイルで、始まったんです。



だけど、すぐに、遊びでもなくなって来たんですよね。こーゆーのって、一度転がり出すと、止まりませんからね(笑) 地元和歌山でも、カズシットのバンド活動を応援してくれる人が続々と現れます。



かづまも、その一人でしたね。

デカイ事やれよ!って言ってました。そして、ダンビラビラビラ時代に対バンした元ダスターズのマコトにも会い、だんだんと、昔の空気が戻って来ました。



ダンビラビラビラであって、ダンビラビラビラではないスタイルについて、マジで考えるようになりました。遊びのバンドだったなら、そこまでは考えなかったでしょう。



新生ダンビラビラビラは、前のダンビラビラビラとは明らかに違いました。カズシットは、まず、歌詞を変えました。一部を変えたものもあるし、全部変えたのもありました。前と同じにはしたくなかったんです。



以前のダンビラビラビラとの違いは、歌詞だけではないです。ベース初心者のトモヤが、ベーシストとして加入しました。当初は、咲が戻って来るまでの間のベーシストだったんだけど、トモヤのバンドへの熱意が強く、ベースの上達も早く、色んな相談も出来たので、彼を正式メンバーにする事を、みんな、望んでいたような気がします。


ガチになりつつはあったけど、楽しむ事を前提にはしていました。ジュンの影響で、このバンドは、競馬大好きバンドになってしまいましたよね。




練習を30分早く終わらせて、馬券を買いに行くようなバンドでしたからね。ジュンの予想が一回的中してからというもの、スタジオリハーサルの休憩中は、競馬の予想で盛り上がってましたね。




ライブの日も、出番前に、馬券を買いに行ってましたね。なかなか、他のバンドでは考えられない事だと思います(笑) ダンビラビラビラ時代は、退屈な優等生&天然というキャラだったジュンが、バンドに競馬を持ち込むようになるとはね。


競馬以外にも、よく遊んだなあ。

新生ダンビラビラビラは、練習よりも、遊びを優先していましたね。


うまいもんも、よく食べに行ったなあ。酒もやりましたね。初期はね(笑)






ゲーム系も楽しみましたね。遊び好きが集まれば、結果的にはそうなりますよね。






だけど、バンドですからね。遊んでばかりいたワケではない。活動については、真剣でしたから。リハーサルは、月に一回。メンバーが、仕事の都合で、遠くにいても、その地で、スタジオに入るくらいの気合でしたよ。そう、岡山ですね。


岡山では、酔っ払い女子に絡まれましたね。熱狂的なファンらしいです(笑) マネージャーに助けられました(笑)



スタジオ練習を兼ねた観光旅行のような感じでしたけどね。いつだって、遊びは忘れないという事です(笑)



お土産店のお姉さんは美人でしたね。ツーショットで写真撮ってもらいました😅



そしてね。この時、ダンビラビラビラは結束を深めようとして、揃いのリングを作ったんですよ。




僕は、実は、今も、それをつけています。もう、バンド解散して一年過ぎているのにね。バンドに未練があるんぢゃないんですよ。そりゃあ、この後、色々と、良くない事も書いていくんですけど、それでも、あの時、あの瞬間の思い出は、残しておきたいんですよね。


新生ダンビラビラビラの初ライブは、ダンビラビラビラ結成から十年目になる2018年の8月に予定されていたが、フライングしちゃいました。その年の5月に、西成のニューワール堂のステージに立ったんです。


ニューワール堂は、西成にあるパンクの溜まり場でした。エッグプラントの再来とも言われていたお店で、うどん屋でした。


バンドマンに、とても優しいお店で、みんなから愛されていました。ダンビラは、この店を拠点に活動していく事になるんです。



新生ダンビラビラビラとなっての初ライブは、すごく楽しかったんです。たくさんの人が観に来てくれて、めっちゃ、いいスタートになりましたね。


バンドで、ステージ立つのは二年ぶりだったんですけど、イケそうな気がしたのを覚えています。



やっぱり、僕の世界は、ここなんや!と思いました。あの時は、仲間もたくさんいて、マジで、いい酒を飲みましたよね。


新生ダンビラビラビラの初ライブ、大成功って感じでしたね。その3ヶ月後に、マジモンの復活ライブを、和歌山モーメンツで行うワケです。


↑交番にまで宣伝していました(笑) お巡りさん、あの時はごめんなさい。

ダンビラビラビラは、元々、和歌山のバンドなんで、どうしても、和歌山でライブをやりたかったんですよね。旧ダンビラビラビラは、アメ村のソシオばかりで、ライブをやっていて、結局、解散まで、ソシオで終わりました。ソシオで、あれだけ盛り上がっていても、我々をC級パンクバンドと呼んだ和歌山の人々は、それを知らないワケです。それが、めっちゃ悔しかったんですよね。


モーメンツに、大阪や神戸の先輩バンドを集めました。地元和歌山からも仲のいいバンドに出演してもらい、ダンビラビラビラ、ここにあり!というイベントになりました。


残念だったのは、イベント当日に合わせたかのように、台風が襲来した事。大阪や神戸のバンドが無事に和歌山に来れたのは、まさに、奇跡でしたよね。


そして、もう一つ、悪い事は、カズシットの喉の調子だった。風邪をひいていたカズシットは、ライブ前日のスタジオリハーサルで、完全に声が出なくなっていたんです。出番が近づくにつれて、それが不安になるカズシット。りかさんが、僕の様子が変だと気づいたのか、モーメンツの裏側にある楽屋として使われているスペースに、僕を呼び、一緒に声出しをしてくれたんです。めっちゃ嬉しかったエピソードの一つです。



声は出なかったけど、やり切りました。それは間違いない。和歌山で酷評されていたダンビラビラビラの七年目の復讐でしたね。



バンドってね、いい時期と、悪い時期って、はっきりしているんですよね。恋人みたいなもん? 付き合い始めた頃があって、喧嘩ばかりする頃が来て、乗り越えられたら、また、次のステージに進めるという感じやん? バンドも、そんな流れかも知れない。





この時はね、すごく楽しかったんだけど、今、振り返ってみたら、この時が、実は最高だったのかもね。ダンビラにとって、一番いい時期だったのかも知れない。


この時の思い出はね、ダンビラビラビラ、ダンビラ両時代において、一番、はっきりしている。Tシャツをアホみたいに着替えたのもね。台風は、ちょーど、帰り道に襲って来ましたね。ひどく酔って、路上に倒れていたら、雨でびしょ濡れになっていました。



このイベントでは、ダンビラTシャツと、リストバンドが売られていたのです。以前のダンビラビラビラみたいに、音源作ったり、雑誌に出たり、ラジオ出演したりする事はなかったけど、オリジナルグッズを出したという点は、僕にとっても、初めての事でした。これは、トモヤがメンバーに加入した事が大きいと思います。


それから、旧ダンビラビラビラは、問題起こしまくりで、やはり、嫌われた原因ってのは、そこにあるんだけど、新生ダンビラビラビラは、当時は問題を起こすような予兆も見られなかったですね。いもとまさや氏のような、何をやらかすか、分かんない人間もいなかったしね(笑) そう考えたら、昔は、あれで、よく活動出来たもんですよね。




ダンビラについてのブログ、長くなりそうなので、前編、後編に分けましょう。まあ、ここからの転落劇も書かなきゃなんないので、気分的にはあまり、明るくはなれませんけどね。それでは、後編に続く❤️