今でこそ、僕はと仲良くやっていますが、実を言うと、幼い頃は、天敵でした。



子供時代って、トラウマ製造期間ですよね。僕の犬嫌いというのも、そんな過程があったのです。それは、小学一年生の頃だったと記憶しています。僕は外で遊ぶのが好きで、一人でも外で遊んでいました。そこへ、犬がやって来たんです。今と違って、飼い主のマナーなんかありません。散歩中に、犬を放す事も普通でした。犬は、僕に迫って来て、当時の僕は、それに恐怖して逃げました。犬というのは、逃げる者を追う習性がある。そんな事を、子供の僕が知るはずもない。



とにかく走って逃げましたが、犬はどこまでも追いかけて来る。犬は遊んでいるつもりでも、こちらは、本気でした。捕まったら、死ぬくらいに思っておりました。それを見て、飼い主のオッサンは、ゲラゲラ笑ってました。その飼い主のオッサン、顔覚えてるんで、コロナ禍終わったらお礼参りに行きます(笑)



その出来事が、しっかりとトラウマになってしまい、犬は恐ろしいものだというイメージが定着していきました。当時の漫画でも、犬に追いかけられて噛まれるというパターンが多く、それも、僕の犬に対する恐怖心を増長させていたように思えますね。




小学校からの帰り。犬が校門の前に現れたのです。当時は野良犬も多かったし、放し飼いの犬も多かった。校門前に現れたのは小型犬だったんですけど、僕は逃げ出して、見知らぬお兄さんに助けを求めました。それを、同級生に目撃されてしまった事が、その後の運命を決めてしまいました。



田舎の小学校では、こーゆー話はすぐに広まるもので、僕の犬嫌いは、全校生徒が知るレベルとなっていましたね。イジメのネタにもされたしね。基本的に、小学生はだからね。とくに、80年代のガキは、他にやる事がないし、善悪の判断も出来ない人が多かった。教育も悪かったしね。これは、また、どこかで書くと思いますけど(笑)



ただね、僕は悔しかったんです。
下級生にまで、笑いものにされていましたからね。僕は足が遅かったんですけど、誰かが笑いながら言うワケですよ。犬連れて来たら、こいつ、速く走るぜ!って。実際、遠くに野良犬を発見したら、僕はもうその場にいないというくらい、最速で動けましたもんね。まあ、学校の体育についても、また、書きます。あれは、どう考えても、おかしいですからね。話が脱線してしまうので、この話はまた次の機会にでも。


小学生ってのは、しつこい生き物なんですよ。犬が嫌いというネタで、三年間笑われた僕です。80年代のガキは、ワンパターンなんですよね。恐らく、今の子供より、知能指数は低いんでしょうね。栄養が脳に行き届いていなかったと思いますよ。他に話題がないのか?と、当時、マジで思いましたもんね。


それで、いい加減、頭に来て、小学四年生になったら犬飼う!と宣言してしまうんです。もちろん、そんな予定は我が家にはありませんでした。お前、犬が怖いのに、犬なんて飼えるのか?って、みんなが爆笑したけど、犬嫌いを克服するような事も勢いで宣言しちゃいました。酒やめた時と、状況は同じですね(笑)


犬を飼う予定はなかったんですけど、この時、既に転校が決まってました。ただ、親には、まだ、学校には言ってはいけないと口止めされていたんですけどね。大人の事情というヤツは、子供には解らない。お前が犬を飼ったら、俺のシロと戦わせてやる!と言う幼稚なガキに、その時は、僕は、もう、この町にはいない!と言ってしまったんですよね。



転校宣言したら、一気に、みんな、優しくなりました。当番のトイレ掃除さえも、免除になるくらい。80年代のガキは、単純でしたね。学校が過ごしやすい場所になったのはいいけど、犬嫌いを克服する事が出来ないまま、今、暮らしている、この和歌山市にやって来たワケです。


とにかく、犬嫌いを克服しよう。

初登校の日まで、とにかく周りを散歩しましたが、野良犬を見ると逃げ出してしまう習性(笑)は、すぐに治るものではないです。派手に追いかけられた事も何度かありました。犬は逃げる者を追う習性があると知っていても、やっぱり、恐怖を感じてしまうと逃げてしまう。




名犬ラッシーのビデオを観ました。テレビで、ドン松五郎の生活を観ました。愛読書は、銀牙。アニメもラストまで観ました。とにかく、犬を身近な存在にしてしまおうと。



しかし、僕と犬との距離は縮まる事がない。だったら家で飼えばいいぢゃん。これは、両親が反対しました。後に判明したのですが、父も、犬があまり好きではありませんでした(笑)




そのうち、祖父が犬を飼うようになったんです。あの名犬ラッシーから名前を取って、ラッシーと命名されたシェルティと柴犬のハーフ犬で、僕の犬嫌い克服作戦は、大きく前進しました。



中学になると、野良犬の子を保護したいと思うくらいになり、実際、野良犬の子を自転車のカゴに入れて、引き取ってくれる人を探し回るようにもなりました。完全に犬嫌いを克服したと思うでしょう。残念ながら、幼い頃に背負ったトラウマというもんは、そんなに簡単に、僕を解き放ってはくれません。



今でも、犬に吠えられると、思わず身構えてしまう。それが、身近な犬でも。こればかりは治りそうにない。弟の家で飼われていた先代のミントは、よく吠えたために、僕はあまり近づかなかった。亡くなった時に、もっと遊んでやれば良かったと後悔しましたね。



今、家にいるビーグルは、ラテという名前で、家族の愛犬です。あまり構わなかった先代の分も、可愛がっています。犬は人間の良きパートナーとなります。昔から、犬と人間の関係は深いものでした。人を救助したり、人を捜索したり、時には悪い人間から人を守ったり。人の目になる犬もいる。



古くは原始人の時代から、犬と人の良好な付き合いは続いています。僕は、そんな犬を、ずっと怖がって来ました。犬は悪意を持って追いかけているのではなくて、遊びだったのかも知れない。めっちゃ吠えていたとしても、何らかの言葉をかけているのかも知れない。それに気づいていたなら、もっと早い段階で友達になれたかも知れないですね。