信楽焼のタヌキ@滋賀県甲賀市 |   + Mother Lake +

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信楽焼といえばあまりに有名な狸の置物。タヌキさん
信楽の町のどこへ行っても狸の置物をそこらじゅうで目にしますな。
狸の置物=信楽焼は有名ですが、実は信楽が滋賀県にあるというのはあまり知られていないような気もします。

実は信楽というところはネタの宝庫でして。笑 
信楽焼の起源はかつてここに置かれた紫香楽宮に由来するとされます。
聖武天皇により造営された宮殿や政庁の瓦を焼くために産み出されたのだとか.....時は天平の頃。

実はここ信楽は平城京から琵琶湖へ至る最短ルート上にあり、平城京から恭仁京に一時遷都された折には、
ここ信楽の地に離宮紫香楽宮が置かれました。

いずれ、この地に遷都を考えていた聖武天皇でしたが。せんとくん
しかし、人臣の反対に遭い聖武天皇は信楽への遷都をあきらめ都は再び平城京にもどります。
この後奈良の大仏が造立されるのですが、そもそもはここ信楽の地に大仏造立の予定だったそうです......

てことは今の奈良はひょっとしたら幻だったかも....笑せんとくん
南都という呼称は信楽につけられ、奈良は....えっと.....爆
大仏が造立される予定だった甲賀寺址は現在も新名神信楽IC近くに紫香楽宮址として残っています。 

後世の茶の湯文化隆盛の中心、京都・堺にも大消費地大阪にも近く、琵琶湖や伊勢を経由した舟運にも恵まれ
たここ信楽の地は、陶都の呼び名にふさわしい理想の地と言えるでしょう。

話がそれました。
さてこの狸、実は昭和26年、昭和天皇の信楽行幸により火がついたといわれます。
昭和天皇はこう歌われたとか.....

「おさなどき あつめしからになつかしも しがらきやきのたぬきをみれば」

この歌をきっかけに信楽焼の狸の名は全国に知れ渡ることとなります。
現在では年間に数十万とも言われる狸の置物がここ信楽からが出荷されるそうです。
しかし、信楽焼の狸に昭和天皇のご幼少の頃のエピソードがかかわってたとは意外でしたね。

この狸に代表されるように、信楽焼は素朴な味わいが特徴。タヌキさん
美術工芸品よりも湯飲みとか植木鉢、水盤などの生活用品向けのものが多くなっていますね。

このあたりの丘陵地帯から産出される良質の陶土は古代はこの地にあったとされる古琵琶湖によって堆積した
ものとされます。信楽焼は、ある意味もっとも古い滋賀ブランドというわけですな。
あ、琵琶湖の原型となる古琵琶湖は、太古の昔に現在の上野盆地あたりに誕生して、ここ信楽あたりを北上し、
現在の場所まで移動してきたと考えられています。


よってその丘陵地帯の向こう側、三重県伊賀地方にも伊賀焼というのがあります。

釉薬の違いなどで多少味わいは違うのでしょうが、忍者と違ってこちらは圧倒的に甲賀信楽が有名。

でも....伊賀焼のタヌキも存在するとか。爆

さてさて、ここで白状してしまいますと....
ある訳があって贈り物に器選びに来たわけですが...その器を写真に撮る前にきれいに包装してしまいました。
というわけで、ご紹介できる画像がありませんのでここまで延々と。笑


選んだ器と何の贈り物にしたのかは....相手に贈ってからその場でちょこっと写真を撮らせてもらって...カメラ
たぶん連休明けになることでしょう。

では、どんな器を選んだのかは、そのときまでのお楽しみに。
(とってもおめでたいこと、これがヒントです。いや、クイズじゃありませんが。)

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