いろはにほへと~創作小説~

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見えないバトン(中編)

 太陽はまだまだ痛いほどにやきつけてくる。
「お腹すいたっ」
 部室の鍵を閉め、隣の部室のドアをたたく。
「おーい」
「はーい」
 お弁当を片手に後輩が出てくる。一年のなつみだ。
「鍵よろしく」
 あたしは部室の鍵を渡した。
「はーい」
 なつみは鍵を受け取ると、壁に備え付けられている金具にさげた。
「じゃぁ後半も頑張れな」
 部室にいる後輩に声をかけ、部室棟を出た。「さようなら」と追いかけてくる声が、寂しかった。


 あっという間にやってきた、県大会当日。朝早くに鬼の自家用車に乗り、大会の行われる会場へと向かう。鬼の隣の助手席には責任教師が乗っていた。後部座席のあたしたちは、気まずい雰囲気の中、着実に近づく大会に緊張していた。ううん、大会のせいだけじゃない。隣に座るあいつに、握られた手のせいでもある。


「選手の方は集合してください」
 アナウンスが鳴り、ついに始まる。あたしたちの、大会が。

なんとなく書いた小説

涙がひと粒、プチリと落ちた。涙は頬を伝い、顎へと道を作る。
……これが、哀しみ?
胸がギュウギュウと何かに圧迫され、目から落ちてくる。
「ワンワン」
通りすがりの犬に吠えられても、気にならない。
ああ、苦しい。ああ、痛い。
私の脳のデータはここから抜け出す術をはじき出せない。
停止。
私は自分の胸を開け、ピッと答えを探し続ける脳を止めた。
一歩、二歩三歩、歩いて体が止まった。胸は開いたまま、熱くなった赤いチューブが外気に触れたいとばかりに少し出ていた。

見えないバトン(小説)前編

雲一つない空を見上げた。じりじり灼きつける暑さ。憎き太陽は邪魔者のいない空でゆうゆうと光っている。
「だるっ」
あたしはその場にしゃがみ込みたくなった。でもそれは許されない。
「あと一分!」
鬼監督がストップウォッチを握りしめ、叫ぶ。あと一分以内に学校の正門まで到着しないといけないのだ。ぶっちゃけ無理。いまのあたしの位置ならなんとか行ける程度なんだけど……びしゃびしゃになる髪の毛に体操着、重さが疲れがどっときて、一歩あるくのもつらいのだ。
「間に合わなかったやつはもう一周させるぞ」
鬼監督のメガホン声。
(お前が走れー)
恨めしく思いながら、なんとか足を進める。
「十、九、八、七、……」
鬼がカウントダウンを始めた。その声につられるようにバーッと正門前にすべりこむ部員たち、そしてあたし。
鬼は少しつまらなそうに言った。
「最初からそれくらい気合い入れて走れ」

でもそんな鬼とももうお別れ。明日の大会さえ終われば!

うちは弱小チームなんだけど、ただ一人県大会出場したがために引退できない。というわけで、あたしは応援部員である。なんで後輩に混じって走らなきゃいけないのかはさっぱりわからないけど。

「祐一……あんたやっぱ速いんだね」
すでに到着している祐一に、歩きながら途切れ途切れに言った。さすが県大に出場するだけのことはある。もう息の整っている祐一はピースサインをあたしに向けた。
「うっぜー」
あはは、と笑いながら、あたしは息がある程度整ったので歩くのをやめた。
「集合!」
鬼が大きな声で言った。ばーっと、みんな集まる。
「三年は練習終わり! 明日に備えて体を休めろ」
おおっ、あたしは嬉しくなった。こんなに早く部活が終わるなんてウキウキものだ。
「特に倉橋祐一、体調管理は万全にな」
「はい」
祐一はピシッと返事をした。
「三年はこれで解散! 一、二年は昼食の後、一時にトレーニングルームに集合!」
「「はいっ」」
こうして鬼は教員室に戻り、あたしたちは部室に戻った。


「シャワー浴びたい」
部室に戻り、汗だくになったTシャツを脱ごうと手をかける。
「うおっ、脱げない」
汗で張りつくTシャツは強固な姿勢をみせた。
「着替えたかー?」
部室のドアを叩く音。
「もうちょいっ」
なんとか脱ぎ、急いで着替えた。


うちの部は弱小少人数のため、部室は学年別になり男女兼用だ。陸上部に貸し出された二部屋は、一部屋は一、二年、もう一部屋は三年となっている。
「明日、頑張ってね」
鬼の厳しさに耐えられなくなってやめてった人は何人もいる。当初八人いたあたしの学年も、いまじゃ祐一とあたしの二人だけになっていた。
「応援してくれたらね」
祐一はTシャツを脱ぎ、着替え始めた。
「応援するさ」
あたしは部室にある先輩のお土産—まんが—を一冊手にとってパラパラめくる。
「なんてったって、祐一は陸上部のスターだし」
「違くて」
いつの間にか着替えた祐一は、あたしからまんがを取り上げた。
「ゆっこ一人として応援して欲しい」
「……ごめん、さっぱり意味わからない」
あたしは首を傾げた。
「じゃぁ明日までの宿題な」
「はぁ?」
あたしはますます首を傾げた。なぜ祐一に宿題を課されなきゃならんのだ!
「じゃ、お先ー」
祐一はさっさとカバンを持って帰っていってしまった。あたしは首を傾げながらも、カバンを持って帰ることにした。

イタイノイタイノトンデユケ後編

2/12前編追記あり(21:15以降)
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街灯はちょこちょことしかない暗い道。
「一緒に帰ろうぜ」
街灯の下でにっと笑い顔。街灯と街灯の間、きっと星田くんには見えないあたしの顔。
「うん」
カッカッと熱くなる頬、そして胸。
笑い返す唇だけは寒さにかじかんでいた。


「じゃぁ明日学校でな」
「うん、」
あたしの家の先に家があるのかな……
「あの、気をつけてね」
やっぱり挙動不審なあたし……下を向きたくなる気持ちをなんとか抑えて、「ばいばい」手を振った。すると、星田くんは今来た道を戻って行こうとする。
「星田くん、帰り道こっちじゃなかったの?」
あたしは呼び止めた。
「あーいや、あはは」
笑ってごまかそうとする。
星田くん、星田くん……星田くん。


気持ちが溢れる。


「星田くん、」
苦しくて、苦しくて、胸が張り裂けそうになる。気持ちはもう、抑えられない。
「あの、あのさ、」
ああ、言いたい言葉がうまく出てこない。星田くんは今どんな表情をしているのか……あたしにはわからない。
「あたし、あの……」
お腹の前で両手を握った。

「好き」

ガチャンと自転車の倒れる音、痛いほどに吹きつける風。


目の前に現れた、大好きな笑顔……。

イタイノイタイノトンデユケ(小説)前編

 苦しくて、苦しくて、胸が張り裂けそうになる。ズキズキがたくさん、でも、絶対、涙は出さない。……絶対。

「おはよう」
 教室のドアを開けて、自分の席に行く。おはよう、おはようと挨拶くれる友だち。
(あ、)
 あたしの席に星田くんが座ってる。
(わ、目があった)
「あ、おはよう笠井」
 ……この瞬間、すごく嬉しい。ぽーっとしていると、席を立ち上がろうとする星田くん。
「おはよう、あの、席、座ってていいよ、あたしトイレ行きたいし!」
 あたしは焦って、早口に言葉を残し、カバンを机の横に置いて教室を出た。

「はぁ……」
 トイレで鏡を見ながら頬を叩いた。
「もっと普通に話せるようにならなくちゃ」
 星田くんと目があうと挙動不審になっちゃうのは、治さないとダメ。
――笠井
 ボッ。
 さっきの星田くんの声が蘇り、りんごになった。
 サッカー部で、ちょっとおばかな星田くん。優しくて面白い星田くん。そしてなんといっても、笑顔がかわいい。あたしはあの笑顔にあっという間に心を奪われたの。
「気合い気合い」
 鏡の中の自分に向かってパンチ。
「よしっ」
 キーンコーン……
「あ、チャイム!」
 急いで教室に戻るとあたしの席は空いていた。座ると……ぬくもりが残っていた。



 授業も一通り終わり、寒い中、部活へと足を速める。

「ふー」

 両手に息を吹きかける。手袋をしていても、かじかむ手。グラウンドを見ると、サッカー部はアップを始めたところだった。

「星田くん……」

 両手をお腹の前で重ねる。キョロリ、と探すけど、星田くんが見つからない。

「せんぱーい」

 体育館から、後輩のニイミちゃんがあたしを呼ぶ。

「あ、ニイミちゃん」

「早く来てくださーい、ダブルスやりましょー」

「いま行く」

 私はグラウンドに後ろ髪引かれながら、体育館へ向かった。



「つかれたー」

 バドミントンで存分に打ちまくったあたしたちは、ボロボロになりながら自転車を押した。

「あ、じゃあここで。」

「うん、また明日ね」

 ニイミちゃんは学校の近くから出てるバスに乗って帰っていく。あたしは一人で自転車。暗闇の中、自転車に乗る。

「寒い……」

 放課後よりいっそう寒さを増した風は、びゅうびゅうとあたしをいじめる。

「……進まない」

 こいでもこいでも、風が前からすごい勢いで押してくるから、全然進むことができなかった。

 ぎゃわぎゃわ、とたくさんの声が近づいてきた。

「じゃーなー」

「おう」

 元気な声。男の子の声。……あたしの胸は跳ね上がった。

(星田くんの声だ……)

 あたしはさっきの数倍の力を出して、自転車をこいだ。キィキィ、風と戦いながら自転車は少しずつ前へ進む。

「あれ、笠井?」

 ドクン、

 あたしの胸は、苦しさに耐えられなくなる……。