左遷の心理的な辛さの一つに、社内のコミュニケーションお両がゅうげきに減ってしまうことがあるが、幸い私の場合そのような事はあまり起こっていない。以前のように、身を乗り出して情報を集めようとすることは無くなったが、それでもどこからともなく情報が入ってくる。もちろんつまらないゴシップが大半だが、絶えず入ってくるだけで気が安らぐから面白いものである。
…これは俺の場合そうではない。情報は自分から取りに行かないと全く入ってこない。時々、思い出したように情報が入ることもあるが、かなりまれなことだ。このような点を見ると、異動先が単身赴任ではない点は俺の方が恵まれているが、左遷後のポジションという意味では、主人公の方が恵まれている。電話もそうだが、メールの件数もかなり減ってしまった。これがとても寂しいのだ。社内情報をかなり詳しく聞ける場所にいたはずなのだが、急激な変化に戸惑うし、悲哀を感じるのだ。自分のところに情報が入ってこないという事は、俺はもう過去の人と周囲からは見られているという事だ。主人公のように、ゴシップとは言えども、社内情報が絶えず入ってくるという事は、大半の社員が主人公の左遷は一時的なものと見ているという証拠だろう。

冬の火花 ある管理職の左遷録 江坂彰著 文芸春秋社[1983]