昨日仕事帰りに重大なミスを犯しました。


タイトルにもあるように現在携帯電話がありません。会社に携帯電話を忘れたのでした。

そのことに気がついたのは、いつもの定例ゲーセンで景品のチェックをしに行ったときのこと。

結果報告のために捜査官2号にメールしようとしたところ、携帯がない・・・。やっちまったなー!!

以前は個人携帯も肌身離さず持っていたものですが、やっぱり仕事用と個人用2つの携帯を身につけているのは正直邪魔でして、個人携帯とマイカーのキーホルダーは営業かばんに入れて帰りに持って帰るようになっていました。

しかし今回はマイカーの鍵は上着のポケットに入っていて帰り際に営業かばんから個人携帯を取り出すということを忘れ、そのまま会社を出てしまったのでした。

かぎ当番でもないので、会社の鍵は持っておらず、かぎ当番の人に連絡とって鍵に借りにいくにも連絡の取りようがない。メールも電話もアドレス帳も使えない状態で、この土日を過ごすことになってしました。


10数年前まではあたりまえの生活。いかに携帯に依存している生活をしているか思い知らされます。

今のオイラが外の人たちと連絡とりあえるツールといえばこのブログくらいなもん。

それだってパソコンにかじりついて常にチェックしているわけではないから、はっきり言ってこの週末のオイラは陸の孤島みたいなものです。


最近だと子供の安全を確認するために、子供にも携帯電話を持たす親が増えてきていますが、うちらが子供のころには当然携帯なんてものがなく、今から考えればありえないくらいセキュリティ対策がされていなかったわけですが、それはいかに昔が平和だったかということの表れなのかもしれません。

いや、ただ単に携帯を作るだけの技術力がなかっただけなのか。実際には北朝鮮による拉致事件や、柏崎で10数年も女の子を拉致監禁していたなんて事件も見えないところで起きていた。おそらく被害者の親たちにしてみればその当時に携帯電話があったら真っ先に持たせていることだろう。あ、もっとも親がそんな被害を予想なんてできなかっただろうな。うちの子に限ってそんな目にはあわない的な意識があれば、携帯電話を持たせて子供の安全を確保するなんてことにはならないだろうからね。

そう考えるとやっぱり今と違って昔は平和だったということなのだろう。


携帯が必要になってきているのは小さな子供だけではない。

最近だとシニア向けの文字を大きくしたりボタンを大きくしたりして使いやすくした携帯電話もある。

いると思っていた親が出かけていて、勝手に昼くらいまでには帰ってくるのかとメシも食わずに夕方になる、なんてうちでは良くある光景。あんまり遅いと何かあったのかと心配になることもあるから、ホントは持っててもらいたいがいかんせんメカアレルギーなところがあるから難しい。


つまり、心配する対象の安全を確認するために携帯を持たせたいという需要が増えてきているようだ。

逆を言えば心配する対象がまったくなく、周りからも全く心配されない本当に孤独な人間なら携帯電話がなくても見事なまでに困らない。


携帯電話が手元になくて不安になる=幸せ者、と言えるのかもしれないねぇ。(^^;

・・・と携帯忘れてきた自分を正当化してみる(爆)