かちこさん のところで、「コワバナ」のリクエストが出ましたんで、ちょっとだけいってみようか(^-^)
まず、オイラには全く霊感はありません。ですので、そのものズバリを見たり感じたりはできません。
ですが社会人になり、数年が経ってから時々金縛りにはあうようになりました。
金縛りは体力的・精神的に疲れているときになると言われています。ですので霊現象とは全く関係がないのかもしれません。金縛りにあうと、不思議な感覚を味わいます。当然金縛りというだけあって体は動かないわけですが、大体いや~な夢と一緒にそれはやってきます。(夢の内容は良く覚えてない)
これから語る金縛りを読んで、疲れてるだけと感じる方はそれで良いです。
ただ、僕自身ホントに怖かった金縛りの体験を今回ご紹介します。
もう既に3年以上前の話です。
当時、まだ母方のおばあちゃんが生きていたんだけど、そろそろ入院するとかしないとかそんな時期だったと思います。軽微でしたが徐々に進む痴呆を、うちの母は悲しんでいました。
しかしこれといって誰かが亡くなったとかはなく、それなりに普通の生活を送っていました。
僕はロフトベッドでいつも寝ますが、その日もいつもと同じく0時30分ころにベッドに入り電気を消しました。
驚くほど寝つきが良く、電気を消したあとの記憶が全くないくらいでした。
どれくらい、時間が過ぎたのでしょうか。僕は誰かに左手首を摑まれ、アタマの上に引っ張り上げられる気配で目が覚めました。
「誰だよ~、こんな夜中に~、気持ちよく寝てるのに邪魔すんな。」と思っていましたが、ハッと気づきます。
ここ、ロフトベッドの上だよな。誰がオレの手首つかんで上に持ち上げられるんだ!?床から150cmは高い位置にあるんだぞ!?
と思った瞬間、かちーん。硬直です。
遠くで大勢の人のどよめき・ざわめきのような声が聞こえ、動かないカラダに苛立ちながら何とか目だけ手首を引っ張るヌシに向けようとします。豆電球がついていたにも関わらず辺りは真っ暗闇。ぼぅと白いモヤのようなものが見えました。
ま、マジかよ・・・。
どうすれば金縛りから抜けられるのか、パニクったアタマをフル回転で考えます。
まずは、落ち着いて深呼吸しようとしました。が、過呼吸気味でうまく息を整えることができません。
そこで肺の空気をすべて吐き出すことだけに集中しました。その後一気に息を吸い込み全身にチカラを込めたら金縛りが解除されました。
がばっと起き上がると、豆電気が明るく見えます。あわてて電気スタンドのスイッチを入れ、部屋中の電気をつけました。
なんだったんだ、今のは・・・。バクバクいう心臓。額の脂汗。しばらくその場を動くことが出来ませんでした。
自分の左手首を見ると、やはり誰かにつかまれていたような跡がある。やっぱり夢じゃなかったんだ・・・。時計を見ると0時45分。まだベッドに入ってから15分しかたってないじゃないか。ものすごく長く眠っていたような感覚があったんだけど。
とりあえず、落ち着きを取り戻し喉の渇きを覚えたので、1Fの台所まで水を飲みに行くことにしました。
僕の部屋は2Fの一番奥。2Fには3部屋あって、奥から順番にオイラ・弟・妹の順の部屋割りです。
自分の部屋を出て弟の部屋の前を通りかかった際、弟がうなされているのが聞こえました。こっちもビクッとしましたが、自分のさっきの怖い体験とは別物だと自分に言い聞かせ、その場を逃げるように1Fへ。
は~。マジでなんだったんだろ。水を飲んでから部屋中の電気全開で眠りにつきました。
翌日、あまりに奇怪な体験だったので母親に報告しました。
すると間髪いれずに「おばあちゃんだ!」といいました。
理由は、うちの母は寂しそうにしているおばあちゃんの手を一生懸命さすったり握ったりを前日にしてたんだって。だからおばあちゃんが孫である僕に会いに来たんだよ、と。
おばあちゃんの生霊ってか?まあそれならそれでいいんだけど。
そのあと、妹の一言にちょっと引きつりました。
「えっ!!にいちゃんも1:00ころ金縛りあったの!?」
弟もうなされていたことから、オイラ→弟→妹 の順で金縛りが伝染していったものと思われます。
おわり
そのおばあちゃんは、昨年亡くなりました。
入院していた病院の前は、通勤路でもあったので毎日通っていたのに、忙しさを理由に全くお見舞いにも行ってませんでした。お見舞いにいったのは、亡くなる日の朝。親戚のおばさんから「もう、あぶないよ」と連絡を受け兄弟3人と母の4人でお見舞いに行きました。
肩で息をしている祖母を見てホントに後悔しました。なんでこうなる前にもっとお見舞いに来てあげられなかったんだろうと。その日の夜中、祖母は息を引き取りました。
人は必ず死にます。
だから生きてるうちに後悔しない生き方をしたいと常々思ってはいるつもりです。だから祖母の姿を見たときのような後悔はもう絶対にしたくありません。もうすぐ亡くなろうとしている人のお見舞いには、積極的に同席すべきであると思いました。その人の死から逃げてはいけない。死に向かう人の生き様をしっかり自分の目に焼き付ける、そんな生き方をしたいと思いました。
自分が死ぬとき、残された人に何を残せるんだろうね。