(渡海 蓮)
日付が変わる頃。
東の空から左半分のお月さまが
顔を見せた。
義父は
心肺停止状態に陥った。
とうとう
その時が・・・来たのか・・・
義母の嗚咽は大きくなり
征司郎は母親の背中を摩り始めた。
もうこのまま
義父と共に召されるのではないか
と思うほどに
呼吸困難となった義母を
征司郎と雪彦氏は
落ち着いて介抱した。
義母「お父さんと一緒に逝きたい」
征司郎「母さん。落ち着いて」
雪彦「それは・・・無理ですね。
マダム。その人その人の・・・時がある」
お義父さん・・・
きっと。
ご覧になっている。
涙が止まらないお義母さんのことも
そんなお義母さんの背中を
トントンと優しく叩く征司郎のことも
ここに集えた雪彦氏
さらに俺のことも
きっと・・・
きっと
ご覧になっている・・・
だって
あんなにも安らかなお顔で
家族揃って見守られて
あ り が と う
と・・・
遺した言葉はまだ
あの日のデパートの包み紙に・・・
自分の涙をそっと拭って
時計を確認した。
一時になるほんの少し前くらいだ。
同じ刻。
医師が義父の脈や呼吸を確かめて
さらに目の奥を覗き込み
時間を書き込んだ。
それを・・・静かに見ていた。
そして・・・
頭を下げて病室から出ていかれるのを
こちらも頭を下げて見送った。
廊下には
次の段取りを説明する為に
看護師が待機してくれていて
悲しみにくれる三人を背に
支払いのこと
遺体を運び出す車の手配など
説明を聞いて一度預からせてもらった。
一番に考えたのはクリニックのこと。
明日の診療予約を思い出し
俺と通いの医師でなんとか回せると判断。
病院スタッフには
朝になってから伝えようと・・・
大野にだけ
義父の旅立ちを伝えた。
悲しみは尽きないけれど
このまま此処にずっとはいられない。
征司郎「・・・母さん。
父さんを・・・連れて帰ろうか」
一度、渡海家に運ぶんだな。
・・・よし。
征司郎とお義母さんの心のままに
お義父さんを見送りたかった。
動きの見えた俺は
その段取りをつけた。
その後
どうやって義母らを連れて帰ったか
あまり覚えていない。
ただ下弦の月が
高く高く昇っていた。
*ララァさんのお写真です*
朝になって
こんな時だから、と
大野から母さんが手伝いに来てくれた。
すっかり気を落としたお義母さんの
身の回りの世話を
粛々とやってくれて
義母は綺麗に身支度をして
喪服に身を包んだ。
湯灌してもらって
綺麗にしてもらった義父は美しく
色は透けるように白く・・・
静かに目を閉じている様は
ただ眠っているが如くに
穏やかで・・・
ただ優しくて・・・
義母「・・・お父さん・・・」
もう動かなくなった義父の
額や鼻に頬擦りする義母が
もう・・・
たまらなくて・・・
そして義母に寄り添う征司郎の
その華奢な肩を見るにつけ
自分も悲しみの中にいるけれど
代わってやれることは何でも・・・
どんなことでも引き受けてやりたいと
そう思った。
征司郎「母のこと・・・
ありがとうございます」
和「台所、勝手にごめんなさいね」
うちの方のキッチンで
母は飯を炊いておむすびを握ってくれた。
義実家の方のリビングには
お義父さんが眠っておられる。
義父と義母を・・・
征司郎が見守る。
家族の尊い時間だ。
雪彦「クリニックのことは任せて」
雪彦氏も頼もしかった。
小さな患者さんにもお年寄りにも
優しく接することができるし
その腕は確かで
雪彦氏をこのクリニックに迎えて
本当によかった。
自分が全部をやるつもりでいたけれど
思いの外
渡海家の菩提寺とのやり取りや
親戚への連絡
お通夜、葬儀のことなど
今後の段取りについて
やるべきことが多過ぎて
本当に助けられた。