(征司郎)
蓮が隣の部屋に入って
軽く一時間が経過しようとしていた。
物音は何も聴こえないけれど
その・・・
隣との壁をじっと見ていた。
どんなに姿形が似ていても
自分と雪彦は別の人間だ。
雪彦がその顔とカラダを武器にして
蓮に関係を求めたとしても・・・
僕らの二十年に勝てる訳がないし
何より・・・
大野に育った蓮を信じている。
・・・そう。
僕にとって一番大切なものは
蓮との人生だった。
雪彦がどんなに自分に似ていようと
たとえ父さんの・・・
遺伝子を受け継いでいようと・・・
それを理由に何を要求されようと
蓮以外のものに執着はなかった。
クリニックでもなんでもくれてやる。
どうせ持って死ねないんだ。
この世にある金も金融資産も
天国にまでは持っていけない。
そもそも・・・
雪彦は金に困っていないだろう。
医者の収入はよく分かっている。
天城の家も代々医者だった。
ひとりの医者を育てるのに家一軒分。
だけど一度医者になれば
すぐに元は取れる仕組みだから・・・
僕が大切にしたいもの。
それは・・・パートナーである蓮・・・
かつて。
タミコちゃんのことで誤解した蓮が
颯くんに殴りかかった日のことを忘れない。
蓮は人としての道に厳しい人。
決して変なことにはならないだろう
・・・・と。
何度も自分に言い聞かせていた。
この重々しい空気。
この長い沈黙を破ったのは母さんだった。
どこまでも母さんらしい空気の読めなさ。
RRRRR・・・
📱「はい。どうした?
・・・父さんが?・・・すぐに行く」
このタイミングで
父の目が開いた、という。
空気を読めなかったのは、父さんか。
いや。
逆に・・・
天から全てを見ているのか・・・
呼び掛けへの反応は微妙とのことだけれど
自分のこの目で確かめたい。
・・・蓮。
壁の向こうの愛しい人・・・
黙って行く気にはなれなかった。
こんな時
いつでもすぐに共有して
喜びも悲しみもずっと分け合ってきた。
雪彦に、遠慮は要らない。
電話を再び開くと
怯むことなく蓮の番号を押した。
*ララァさんのお写真です*
(渡海 蓮)
征司郎からの電話で
渡海教授が目覚めた、と知った。
蓮📱「すぐに駆けつけよう。
雪彦氏も、連れて行こう」
雪彦「は?勝手に決めんなよ」
蓮「渡海教授の目が開いたらしい。
・・・会っておこう」
半ば無理矢理に連れ出した。
征司郎「・・・・・」
ドアを開けたところに征司郎は立っていた。
腕組みをして
目は冷ややかで
「ふーん」と小さく言ったかと思えば
「邪魔」といつものセリフを吐き捨てて
俺の隣に
スルリ、と入ってきた。
雪彦「ダメ元で言ってみるけど」
征司郎「ダメ」
雪彦「まだ何も言ってないのに」
征司郎「ダメなものは、ダメ!!!」
鮫島ホテルズのスイート階から
専用エレベーターでタクシー乗り場まで
征司郎と雪彦氏は
キャンキャン高い声で口論しながら進んだ。
遺伝子って・・・すげーのな・・・
あまりにもそっくりなふたり。
違うのは髪の色と
歩き方、話し方・・・くらいだろうか。
ちょっと斜めに構えるところ
腕組みをする仕草まで似ている。
参ったな、と静かにふたりを見ていたら
雪彦氏がさっきの封筒を
大事に抱えていることに気付いた。
蓮「・・・それ。
持って・・・いくの?」
雪彦「うん」
連れて行くのは早計だったか・・・
いや。
連れて行かねば後悔する。
征司郎にとって。
雪彦氏は兄弟じゃないか。
別々に育ったとはいえ二卵性双生児だ。
義父と義母に由来する遺伝子を持つ。
・・・このことは。
この先の人生
征司郎について回る真実なんだ。
俺が受け止めなくてどうする。
征司郎「目を開けても
認識できてない可能性もある」
雪彦「・・・そうだね・・・」
渡海父の大事にタクシーで駆けつける
俺と征司郎と雪彦氏。
このひとつひとつの行動と
この時間こそ
意味のあるものだなんて
この時はまだちゃんと分からずにいた。
ただ・・・
運命の巡り合わせ。
この星の上で
流れていく時間と生命の不思議。
生まれ落ちた奇跡と
この瞬間も生かされている、という事実。
そんなことを漠然と感じながら・・・
渡海父のもとへ三人で急いだ。