(渡海 征司郎)



鹿島鮫島ホテルズの


雪彦が泊まっている部屋の隣に


無理を言って部屋を用意してもらった。


詩ちゃんと零治くんは


一朔ちゃんを連れて


東京へ戻っていたけれど


迅速な対応をしてくれた。





蓮「ここに、連れて来るから・・・」


征司郎「うん」




蓮が隣の部屋をノックする。


少なくとも。


僕に誠実であり続けようとする蓮を


ただ・・・信じて、待つ。







*ララァさんのお写真です*






(渡海 蓮)




雪彦氏を隣の部屋に誘導しようにも


俺が本当にひとりで訪問したことを


喜んでしまっていて


はしゃいでしまっていて


キャアキャアと高い声を上げては


ワイン🍷だのチーズ🧀だの出してきて


なかなか言うことを聞いてもらえず




困ったな・・・




ふ、と溜め息を漏らして


ソファーに座った時


空(から)元気だった雪彦氏の目から


涙がポタリ落ちたことに気付いた。






雪彦「征司郎・・・近くにいるの?」


蓮「ああ」


雪彦「ロビー?」


蓮「隣のスイートに部屋を取った。


そこで・・・待ってる・・・」


雪彦「・・・そう・・・」





俺たちはふたり同時に


征司郎のいる方の壁を向いた。





蓮「征司郎と・・・兄弟なのか?


その・・・遺伝子的に。


戸籍上では、天城と渡海だけど・・・」





雪彦氏は茶封筒を差し出した。


静かにレポートに目を通すと・・・


同じ両親から生まれた兄弟である確率


限りなく100%に近い、とあった。





雪彦「俺は、天城の母の腹から生まれたの。


祖父は高名な産婦人科医でね。


受精卵を移植するなんて


きっと朝メシ前の仕事だったんだろうね。


俺は、父親不在のまま・・・


幼い日から


『お前のお父さんは立派な医者だから


雪彦も大きくなったら医者になれ』


そう言われて育ったよ」


蓮「戸籍上の父親は・・・?」


雪彦「だから、ママンひとり、だってば。


それに母方のお爺さん。


家族は・・・それだけ。


もうふたりとも天に召されたけどね・・・


俺は、ひとりぼっちの雪彦さ」


蓮「征司郎を認識したのは?」


雪彦「あれは・・・いつだったか。


親戚の誰かが亡くなって・・・


鹿島までお葬式にやってきた。


そこで征司郎に出会ったんだ。


自分と瓜二つ。


まるで双子のような・・・征司郎。


俺たちはすぐに仲良しになった。


大人の難しい話の間中


ずっと砂浜で砂遊びをした。


征司郎は、優しくて、ね・・・


持っていた貝殻の半分を要求したら


なんと全部をくれたんだ・・・」




蓮「・・・・・」




雪彦「あなたも似ているね」




蓮「どのあたりが?」




雪彦「お正月の大野家。


そこに・・・連れて行ってくれたでしょ。


お爺さん、お婆さんの・・・


ご家族の優しさを


いっぱい受け取ったよ」


蓮「・・・・・」


雪彦「あの優しさは本来。


征司郎とあなたに向けられるもので・・・


それを惜しみなく全部・・・


俺に分けてくれたでしょ・・・


そんなところが似ているね・・・」




蓮「いつ・・・渡海夫妻に辿りついた?」




雪彦「ずっと・・・


おかしい、と思っていた。


産みの親とあまり似てなくてね・・・


それでも産み育ててくれたママンには


それなりに愛着もあった。


爺さんの莫大な遺産も


俺をフランスで医者に育てるのに十分で


・・・だけど・・・


医学を学べば学ぶほど


遺伝を知ればしるほど


自分の出生に疑問を持つようになった」




蓮「・・・親を、探したんだな?」




雪彦「子どもが親を探すのは


当たり前の・・・


自分探しなんだよ。


大人になる為に誰でも


アイデンティティを確立していくだろ?


その過程で反抗期もある。


親の嫌な面を自分にも見つけて


反発したり


それでも受け入れたりしながら


人は大きくなっていくんだよ」


蓮「・・・そうだね・・・」




雪彦氏の目から大粒の涙が


ポタポタと流れていた。




征司郎と同じ・・・飴色の瞳・・・




俺は・・・その涙を拭おうとして・・・




雪彦「優しくしないで・・・


この先。


ひとりで生きていかないと


いけないんだから・・・


幼い日の記憶を頼りに


渡海征司郎に辿り着いたんだ。


征司郎は・・・


俺の遺伝子の片割れは・・・


俺の欲しいものをなんでも持っていた。


確かな両親に、確かなパートナー。


・・・要するに、家族だ。


征司郎の父親は


俺を「外科医・天城雪彦」として


親戚の子として・・・激励してくれた。


優しいあなたが俺に何かしてくれるなら。


ただ・・・ひどく抱いて・・・


自分勝手に抱いて・・・


で、捨ててよ」




蓮「・・・なんてことを言うんだ・・・」




酷いことを要求するんだな・・・


俺を地獄に突き落としたいのか?




蓮「それは・・・できない。


俺にも意思がある」





雪彦氏は鏡が割れたような顔を見せた。





蓮「大野家の爺さん婆さんの


優しさを受け取ったと言ってくれたね」


雪彦「・・・うん」


蓮「そんな雪彦氏だから・・・


大野に連れて行ったのは正解だった。


君は、天城のお爺さん、お母さんから


大きな愛を捧いでもらって


少なくとも恵まれた幼少期を過ごした」


雪彦「・・・そうだね・・・」


蓮「だから・・・どんなに悪びれても


君は、本当の悪魔には、なりきれない。


愛を与えられて育った人は


愛を知っているからだ。


だから苦悩も味わう。


それでも、ちゃんと良心も育っている。


事実。多くの患者を救い・・・


渡海教授の不名誉な事故案件にも


救いの手を差し出そうとしている」


雪彦「・・・・・」


蓮「天城雪彦。


君の良心に・・・敬意を表する。


俺たちは同じ人間として医者として


友人になれるはずだ」




俺は手を差し出した。


家族と呼ぶにはまだ遠いかもしれない。


だけどまず友達にはなれるだろう?





俺の指先に・・・


雪彦氏の涙がポタポタと流れ落ちた。




長い長い沈黙があったけれど


その手を差し出したまま待った。





友情の証の握手を求めて・・・