☆*:.。. o(≧終幕≦)o .。.:*☆

咲き続けるカタクリの花





ペリー提督がアメリカへ帰国して


男も下田でのお役目を終えた。


お江戸へと帰る時が来たのだ。






和母「母さんまでいいのかね」


和「だって、もう。


此処に思い残すことはないでしょう?」





踊り子業から足を洗った母子は


江戸の大野下屋敷に引き取られる。


母親は先に下田から船で上り


子は男と天城を越えることになった。





もう下々の少年ではない。


和殿、または下田殿と呼ばれ


主人の部屋で寝食を共にしていた。


しかし江戸行きを了承したものの


誰にも打ち明けていない不安を


こっそりと胸に抱えたままでいた。






江戸には・・・


奥さまがおられるかもしれない・・・






結ばれた喜びに


そのまま逝ってしまいたいと思うほど


幸薄い生まれと育ちだった。


それでもここまで生きてきた。


天城の野に咲くカタクリの花の如く


冷たい地面に耐えて生きてきた。





わさび沢


隠れ道


九十九折り


浄蓮の滝・・・





ほとんど人の通らない天城峠は


この時も寂しく静かな道中であった。





それでも男の愛馬は伊豆の山を跳ねた。


男に導かれて力強く跳ねた。


修善寺でしばらく休憩した後 


背中にふたりを乗せ


まだ天城トンネルの出来る前の


険しく厳しい天城峠を越えて


富士の麓まで一気に山を抜けた。





駿河(静岡)は見渡す限り山が続く。


一山越えても次の山、次の山・・・


和にとっては初めて足を踏み入れる境地。




智にとっては・・・


愛する、ということは


この先の人生全てを引き受ける


ということだった。


決して刹那的な関係性ではなく


人生の山あり谷ありを


手に手をとって歩く、ということだった。





富士の高嶺を左手に見据えながら


東海道を東へ東へと愛馬は駆け抜け


相模を通り武蔵を過ぎて


やっと・・・江戸の下屋敷に到着した。





潤「おかえりなさいませ」





屋敷の入り口には、もう。


小田原提灯を提げた大野家の面々が


揃って出迎えていた。




翔「おかえりなさいませ」


雅「おかえりなさいませ」





和の不安は一気に吹き飛んだ。


何故ならば。


江戸の大野家下屋敷でも


お仕えしている家来達はほぼ全員が


下田の屋敷にいた人達で・・・


なんら変わらなかったからである。


あの日、この手に覚えた老松細工も


その道具も材料も全て揃っていた。


要するに、和の居場所があった。


もちろん智と寝食を共にする日々が


当たり前に続いたが


智のお相手は和だけだったのだ。


それは和にとっては


当たり前のことではなかった。


有難く、身に余る幸せなことだった。




*****




この頃、長州藩に松下村塾があった。


後に首相を数多く輩出した私塾である。


伊豆半島の、下田に近いところで


瓜中(吉田松陰)の考えに触れて


智はこの国が新しい時代を迎えると


既に風を読んでいた。




やがて明治維新がおこり


長州から多く瓜中(吉田松蔭)の門下生が


国政の真ん中に踊り出た。


幕府側につくか、明治新政府側につくか


智にも苦渋の決断をする時が来た。


自分ひとりのことではない。


一家の、家来達の、そのまた家族がいる。






智「我が大野家は。


新政府の政りごとには従うが・・・


戦には・・・加わらぬ」





赴任した先々の産業を


家人達に学ばせていた男は


世が変わっても


一族を誰一人飢えさせることはなかった。


ましてや戦いに巻き込んで


無駄に命を捨てさせることもなかった。


幸い新政府でも。


工業の発達を重んじて


窯業、養蚕業他の腕を持つ大野家中を


それはそれは大切にしたのだ。


幕末から明治にかけての激動の時代に


一家を導いた男は


ますます周りの人達から尊敬された。





智「人を傷付けるものは


自分をも傷付ける。


誰かを傷付けたり殺めたりすることは


自分の魂を削ることに繋がる」





男はただ。


愛されること


そして愛することを


知っていた。


それが自分を大切にすることに繋がった。


それだけのことである。





*ララァさんのお写真です*






天城峠のその奥に


ひっそりと咲いたカタクリの花は


江戸の地で


男の露を一身に受けて


今日も幸せに咲いている。






男がそっと・・・


優しく花弁を包み込んでくれるから。





その、長くて美しい指で・・・






(お終い)






後書きは明日UPします。


ありがとうございました♡