☆*:.。. o(≧ 第二章 ≦)o .。.:*☆

〜下田〜





江戸の大野下屋敷に仕える者にとっては


シケがおさまるのを待っての船出だった。


健脚なご主人のことだ。


とっくに着いていたであろうに


何処で足止めを喰らったのか。


幕府から用意された下田の屋敷には


台所を守るものが既に控えており


愛すべき主人の為に


風呂の用意も飯の支度も


すっかり整っているというのに


肝心の主人の姿がない。


先に着いた大野家中は皆心配していた。




家中でも一番の若頭である翔が


主人を守る忍びの潤の報告を


今か今かと待ち構えていたが


先に戻って来たのは


下田の町の様子を伺ってきた雅だった。


ひとつ巷で騒ぎになっていることを


探ってきたのだ。





雅「酷いことに


その女は町中を引き回された上に


浜で石打ちの刑になるらしい」


翔「女はどんな罪を犯したのだ?」


雅「実子である伝説の踊り子の初夜権を


複数の男に売ったけれど


その肝心の踊り子が行方知れずになって


怒った男どもが母親であるその女を


奉行所へ連れて行ったらしい」


翔「初夜権を複数にって・・・


そもそも、そんなめちゃくちゃな・・・


それにしても


ちゃんと評定(裁判)を受けられたのかな」


雅「どうだろうね?」


翔「行方知れずになったのなら


せめてお代を返す、とか」


雅「お代を持ち逃げした男は


修善寺の先で命を落としたらしい。


お金の所在は分からないらしいよ」


翔「・・・なんと・・・


その行方をくらました踊り子は


なんという名前なんだ?」


雅「え、とね。


確か・・・和・・・和吉・・・?」


翔「ふむ・・・和吉ね・・・


その子が関わっているのかな・・・」





*ララァさんのお写真です*






男と少年も朝食の際に農夫の妻から


そのことを聞いてしまった。




和「町中を・・・引き回し・・・?」


農夫の妻「まぁ。その。伝説の踊り子が


戻ってさえ来れば、まだなんとか、ねぇ」


和「・・・・・」




世話になった農家に見送られ


下田の町が一望できるところまで


一歩一歩を踏みしめるように 


男と歩いた少年は


思い詰めた顔をしていた。





和「お世話になりました。


下田はもうそこに見えています。


ここで、失礼します」





男の黒い目をじっと見つめた後


ぺこりと頭を下げて


そこから少年は一気に走り出した。





黙って見送る男の側に


どこからともなく現れたのは


大野家中でも一番忍びの術に長けている


潤であった。





智「何処から見てたの?」


潤「江戸の大野家下屋敷ご出発から


修善寺まではいつものペースでした」


智「・・・そうだね・・・」




並んで歩くことしばらく


先ほどの事柄について


詳しく報告を受けた男は顔色を変えた。




智「踊り子の名は、和吉で間違いない?」


潤「はい」




生娘が男とバレたら、どうなる?


いや。


その前に・・・


あの子の初夜権が実母によって


売られていた・・・


という事実に


男はひどく狼狽した。




「具合が悪いときには・・・


僕を・・・介抱してくれました・・・」




修善寺辺りの情婦ハナも


雑山宿で見かけた女らも


和吉の母親も


農夫が差し出そうとした娘さえも・・・




早かれ遅かれ


そのように不幸になる運命なのか・・・





智「潤。あの子を頼む」


潤「かしこまりました」





忍びの潤は


風を切って少年を追いかけた。





この国は変わらなければいけない。


男でも女でも


民が幸せになれずして


誰が得をするのだ・・・





伊豆の国を自分の足で歩いて


自分の目で耳で見聞きした男は


今、眼下の先に広がる下田の海と


その港に停泊している大きな黒船に


新しい時代が迫ってきていることを


必然のように感じていた。




自分は。


神さまでも仏さまでもないけれど


あの子のことは放っておけない。


なんとかしてやりたい。


人ひとり救えないで


何がお役人だ。




男が真っ直ぐに向かった先は


下田の奉行所であった。