第一章

〜白いカタクリの花〜




江戸から関所をいくつも越えた。


途中の宿場町で足を休めつつも


幕府の命で下田へと急いでいた。


先の日米和親条約で


とうとう下田と函館を開くことになり


伊豆半島の南端下田行きの命が


この男に下ったのだ。


それはまだ春先のことだった。





江戸を出て三日目。





三島の町を過ぎたのは午の刻だったのに


山道を登るほどにすっかり日は落ちた。


いくら健脚な男といえど


足は棒のようになり


喉は渇きを覚え


ヘトヘトに疲れ切っていた。





智「これはまた、厄介な山道だな」





それでも幕府の大老が印を押したのだ。


命令は絶対である。





幾重にも曲がりくねって続く山道。


修善寺にさえ辿り着けば


鎌倉時代からの北条の名残で


少しばかりは栄えている門前町があり


温泉宿もあるという。


  


・・・あと少し。


男は歩を進めた。





*ララァさんのお写真です*

白いカタクリの花言葉は「寂しさに耐える」です





修善寺まであと少しのところで


可憐に咲くカタクリの花を見つけた。


カタクリは群生する花である。


一面の紫の花の中に一輪だけ


真っ白に咲くこの花に何故か心惹かれた。





智「・・・綺麗だな・・・」





手折ってしまいたい欲求を覚えたけれど


懸命に咲くその姿に


そっと優しく両手で包み込み


その花びらを指の腹で撫でて





智「花の頃は短いもんな・・・」





唇を寄せた。


自分も渇いているのに


修善寺の宿の灯りを遠くに見つけた男は


持っていたなけなしの水を


そっとその花の根元にかけてやった。





あと一踏ん張り、だな。





男が立ち上がった時


何か黒い影が目の前の空気を斬った。


蝙蝠(コウモリ)が頭上を飛んだのだ。





・・・なんだ?





目と耳をその暗闇に向けると


雑木林の冷たい地面で


何やら蠢くものを見た。




智「・・・・・?」




熊か、猪か・・・


刀に手をやりながら近付くほどに




はぁはぁはぁはぁ・・・


・・・っふ・・・く・・・




張り詰めた空気の切れ目から


断続的に喘ぎが漏れてくる。


もしかしたら獣の息か・・・




智「・・・・・!!!」




いや、それはまさしく人だった。


幽霊よりも獣よりも恐ろしいもの


それは人である。


大きな男が地面に誰かを組み伏せて


腰が前後運動を繰り返している。





何をしているかは・・・


大人の男の目にはすぐに分かった。





☆*:.。. o(≧設定≦)o .。.:*☆




when・・・江戸末期〜


where・・・伊豆半島


川端康成『伊豆の踊り子』

松本清張『天城越え』

吉岡治(石川さゆり)『天城越え』


の舞台となった伊豆半島の天城峠周辺


who・・・


智・・・幕府の役人で

江戸から下田へ赴任する。


和・・・伊豆の踊り子


色々な文学作品を読んでしまっているので

似た描写もあるかもしれませんが

尊敬の気持ちでオマージュはしておりますが

全く別物の新しい物語です

短編になると思います。

どうぞ宜しくお願いします。