(愛の釣り人)



ゴールデンウィークで混んでいたけれど


なんとか予約の取れた五目船午前便。


和のお父さんと夜明け前から乗船した。


大阪南港から出た船は


淡路島、小豆島を眺めながら


瀬戸内海を西に高松沖まで進んだ。






まだ朝日が昇りはじめたばかりなのに


お父さんの背中には哀愁が漂っていた。


俺たちは黙々と竿を準備した。





鯛のスポットに到着して


隣同志、竿を並べた。


タイラバ(擬似餌、ルアー)は光を受けて


七色に輝きながら


碧い海へと沈んでいく。





やはり俺たちは、しばらく無言でいた。


海も静かで


細波が遠くまで煌めいていた。




 

全然、反応しねーのな・・・


おーい。


お魚さーん。




今日は、ボウズかもしれないな・・・


まぁ。


それでも。


潮風に吹かれて気持ちがいい。




そんなことを思っていたら・・・


お父さんがぽつりぽつりと語り始めた。





和父「・・・和也は。


家出をするらしいです」


智「・・・え・・・?」





家出、ですか?





和父「もう。大きいですからね・・・


私たちの思い通りになどできません。


いや、小さな頃から、アイツは


ああ見えて、意外と頑固でね・・・」


智「・・・・・」


和父「私たちの嵐山の家には。


あの子の荷物などほとんどないが・・・


それでも、なけなしの


スーパーファミコンとか


寝巻きとか


歯ブラシまで・・・


もう荷物を作ってましてね・・・


家内はもう憔悴しきってまして・・・」


智「・・・・・」


和父「京都でも働き口があると豪語して」





家出するなら


俺んとこに来るなら




智「和也さんがうちに来たら。


大切に・・・保護します。


その時だけでなく


将来も、ずっと・・・」


和父「・・・・・」


智「だけど高校は・・・あと半年だから


卒業してから・・・


うちで。


その・・・和也さんの、り、料理を


その・・・小料理屋のような


そういうの、やらせてやりたい」




お父さんの目尻には光るものがあった。




和父「和也もそう言いました。


だけど私たちは


料理の世界も甘いもんじゃない、と。


大野さんにもご迷惑だろう、と」


智「・・・・・」


和父「いや。お恥ずかしい。


売り言葉に買い言葉で口論となりまして。


私もつい、まだ半人前のくせに、なんて


怒鳴ってしまいましてね・・・


そうしたら、祇園のホストクラブでも


何処でも雇ってもらえる。


もうひとりで生きていける。


こんな家、出ていく、なんて・・・」





ホストクラブは、無理だろう。


あの時の震えた様子を思い出すと


とても無理だと思った。


いや、その前に、俺がまず無理だ。




智「うちで・・・責任を持って


お預かりします。大切に・・・」






そのとき、お父さんの糸が震えた。





智「あ、かかっていますよ」





竿を持ち上げたお父さんの脇から


糸を巻き上げるのを手伝う。




船長「お!ヒットか。大きいな」




同じ船の人らが沸いて集まり


網を持って左右から捕獲を手伝った。





釣り上げられた真鯛は大きかった。


50㎝、いや、60㎝はある。


それを合図に


船のあちらでもこちらでも


どんどんヒットし始めた。


俺の竿にも。


次々とかかった。




午前船終了して釣果は


真鯛、スズキ、ヒラメ、サゴシ・・・


まぁ。


それなりに。


なかなかの釣果だ。





満足して京都へと帰った。





休みの日のGallery OHNO〜*には


翔くんと和が待っていた。


ふたり仲良くパソコンを覗きこんで


何やら楽しそうに盛り上がっていた。





和父「いつも、この包丁で?」


智「はい。


あまりよく分かっていなくて」


和父「今度、一緒に買いに行きましょう」


智「はい。お願いします」





お父さんとふたり厨房に並んで


魚を捌いていると


いつの間にか俺の隣に立った和が


補助にまわりはじめた。




鱗を落とす。


内臓を取り出す。


三枚に開く。




和が。


いつのまにか


お父さんと阿吽の呼吸で


テキパキと手を動かす。




和父「お造り、先にどうぞ」




鯛の背が桜色で美味そうだ。


お言葉に甘えて


翔くんと先にやり始めた。




翔「んめ!」


智「おおお。やっぱり釣り立ては最高っ」





なんつって・・・





こちらから二宮親子を見ていた。


ふたり無言なのに


包丁を持つ角度も


真剣に料理する姿も


煮付けの味を見る姿も


どこまでも


どこまでも


そっくりで・・・





・・・親子だなぁ・・・




なんて。




喧嘩中と言うけれど。


この先もずっと。


このふたりは親子なんだよな・・・と


そんなことを思いながら見ていた。