(愛の釣り人)





総武線に揺られることしばらく


東京はお江戸の下町に着いた。


町工場の通りを海に向かって歩く。





「お、和くん。こんにちは」


「こんにちは」


「もうすっかり春だねぇ」


「はい」





道行く人からどんどん声がかかる。


温かい人情が溢れている。


東京も良いところが残っているな・・・


なんて思う。





ほんの10分ほどで


どうやら家に着いたようだ。


庭先の八重桜が満開だった。




和「あがっていって」




お家の人に挨拶をするのに


何か手土産でも持ってくりゃよかった。


俺、気が利かないな・・・


だけど・・・


もう少し一緒に居たくて


あわよくば


さっきの続きもやりたくて


厚かましくもそのまま付いて行った。





和「ただいま」


婆さん「おかえり、和くん」


爺さん「ああ、いらっしゃい」


婆さん「和くんを送ってくださり


ありがとうございます。どうぞこちらへ」





綺麗なスリッパが揃えてあって


どうぞどうぞと招かれるままに


俺も上がらせてもらった。





智「お邪魔します」





優しそうなお爺さんとお婆さんが


椅子をすすめてくれた。




智「京都の、大野と申します」




お爺さん「和くんが


京都でも大変お世話になったそうで


ありがとうございます」


お婆さん「今日も学校から


こちらまで送ってくださったそうで


ありがとうございます」




和「学校から何か連絡きたの?」




お爺さん「さっき、電話があったよ」






それで、か。


ちょうど昼時だったこともあり


温かいご飯にお味噌汁


お婆さんの手作りハンバーグが出てきた。





「たくさん食べてちょうだいね」


「お茶のお代わりは?」


「デザートにメロンをどうぞ。


今、珈琲も淹れますから」と。




心尽くしの歓迎を受けて・・・




お爺さん「よかったら


和くんの写真でも見ますか?」


和「恥ずかしいから、いいって」


智「いや、是非見たいです」




お爺さんの趣味だというカメラ。


綺麗にアルバムに貼られたその写真は


生まれた産院前の家族写真に始まり


お宮参り、お食い初め


少し大きくなって幼稚園かな・・・


プールで水浴びをしている様子


夏祭りにハッピを着て


手に金魚を持っているところ


ランドセルを背負った姿


公園のジャングルジムに登る笑顔・・・





お爺さんお婆さん


それにご両親の愛情をいっぱいもらって


大きくなったことがよく分かった。





お爺さん「この子は。


割とひとりで過ごす子どもでね。


大人しくて人見知りもする上に


ずっとゲームばかりしていましてね。


将来ゲーマーになる、なんて言って


食べていけるのかと心配していました」


お婆さん「それが去年の秋になって


急に料理人になる、と言い出しましてね。


この子の両親も料理人なので


我が家では皆ホッと安心したのです。


それで、この子の親も。


ずっと遠慮していたお話を受けまして


この春から京都の料亭におります」




智「・・・そう・・・ですか・・・」




俺の隣に座って


恥ずかしそうにしている和を見る。




俺は、この時、はじめて。


簡単に手折ってはいけない花なんだ・・・


と。


和に対する己の欲をあさましく感じた。






和「・・・え・・・帰る?


泊まっていかないの・・・?」


智「京都の店も


そんなに長く休めないからね・・・」


和「もうこのまま


僕も京都に行きたい」


智「・・・・・」





本音を言えば。


連れて帰りたかった。


攫ってしまえたら


どんなに良いだろう。





智「・・・いや。


英語の課題、ちゃんと提出しろよ」


和「・・・うん・・・」


智「高校は、ちゃんと出て・・・」


和「・・・うん・・・」


智「調理師の免許、頑張って取れ」


和「・・・うん・・・」


智「あ、そうだ。


俺の、連絡先、登録して」


和「あ、うん!!!」





携帯電話に入った連絡先。


それを確かめると


ぎゅっと手に握った。


可愛い人の代わりに・・・




和「待って」


智「また、会おう」


和「待って、待って」




ぎゅっと抱きしめてやりたかった。


だけど。


お爺さんお婆さんが


ニコニコとお見送りしてくれている。





智「きっと、また会おう」


和「智さん」


智「・・・・・


まだ熱があるかもしれません。


どうぞ宜しくお願いします。


失礼します」




俺は。


そのまま東京駅へ向かい


一番はじめに来たのぞみに乗って


京都へと帰った。




あまりの少ない荷物に。


昨夜泊まったカプセルホテルの


ロッカーに着物一式を忘れてきたと


ハッと思い出したのは


京都駅の改札を出てからのことだった。




何やってるんだろうな・・・


俺・・・


本当に・・・


何やってるんだろうな・・・




《第二章🌸終わり》



第三章は五月に入ってから

お届けします。


少しばかりintermissionを挟みます。

楽しいGWをお過ごしくださいね。