(悟)



近くの料理旅館から


仕出しがどんどん運ばれるのを


静お婆ちゃんが取り仕切り


宇治のおばさんや亀岡のおばさんが続き


領くんのお母さんまでテキパキ働くのを


僕も負けじと手伝おうとするも


従姉妹たちに邪険にされ


すごすご席に戻ってくると・・・




僕の母さんも・・・


上手く動けずにいた。




・・・あ・・・


母さんの手が・・・震えている・・・




マッサージクリーム


今、持ってないけれど


その震える手を、握ってあげたい


と、思った。




だけど。


僕より先に


ぎゅっとその手を握った人がいた。





・・・父さんだ・・・





静「律っちゃんの具合、悪いんなら


お部屋、用意できるけど・・・」




お婆ちゃんもお爺ちゃんも気付いて


コソコソと声を掛けてくれている。




律(悟の母)「いえ。うちのお婆ちゃんの


大事な日なんで・・・


ちゃんとここに居たいんです」





うちの、お婆ちゃん。




母さんにとっても。


曾お婆ちゃんは特別な人だ。




宇治のおばさん「あんたとこばっかり


ズルイわ。うちのお婆ちゃんでもあるんよ」


亀岡のおばさん「ほんまになぁ」




おばさんらは笑いながら言うてはるけど


幼い日に、おばさん家の従姉妹らと


掴み合いの大喧嘩したのを覚えている。




他でもない。


曾お婆ちゃんの取り合いをしたんだ。





今。


その曾お婆ちゃんは。


大野の大お爺さんの隣で微笑んで・・・


「大野」のど真ん中にいる。


それが・・・


本当の立ち位置だったんだ。


はじめから。


そこが曾お婆ちゃんの・・・


席だったんだ。


まず「水島」じゃない。


もう「二宮」でもない。





だって。


見て・・・




あの堅物の理学博士の大おじさんが


領くんのお爺さんである農学部の人が


嬉しそうに「和さん」「和さん」って


昔話に花を咲かせている。





なんだか・・・嬉しかった。


可笑しな話かもしれないけれど。


まるで、自分の曾お婆ちゃんを


お嫁に出すみたいな気持ち。


「大野」に受け入れられている和さんを


・・・応援したい・・・気持ち。





僕も少しは。


大人の階段、昇れたかな・・・





淡路島自慢の鯛のフルコースは


お造り、焼き物、兜煮、天麩羅、釜飯


付出、酢の物、香の物、吸い物、氷菓子


珈琲、紅茶と続いた。





宴もたけなわになった頃。


分家・静の家族側の


しかも水島家の真向いの席に


何故か座っていた領くんのご両親と


ばっちり目が合った。


京都本家の今の当主である農学者さんの


養子とはいえ息子なんだから


あっちに座らなくてよかったのかな?




そういえば。


さっきの「訊きたいこと」


何やろか・・・


勇気を出して、訊いてみよか・・・





悟「あ、あの・・・さっきの・・・


訊きたいこと、って・・・」




隣から領くんが僕の手を


ぎゅっと握ってくれた。




手汗、半端ない上に


手・・・震えてた。




雅子(領の母)「領が音楽を始めたのは


悟くんに由来しているらしくて、ね」


悟「あ・・・は、はい・・・」


雅子(領の母)「出会った夏の日に


どんな会話をしたのか覚えてる?」


智雄(領の父)「責めているのでは、ないよ。


私たちは、領のピアノが好きでね。


領の音を聴けるのが癒しなんだよ。


そのきっかけを教えてくれないかな」


悟「え、と・・・」




確か・・・あの遠い夏の日・・・



*ララァさんのお写真です*



記憶の中の、あの潮騒が蘇る。




領「大人になったら、何になりたい?」




大人になったら・・・




悟「パパとママみたいになりたい」





それを言ったとき


僕の両親も、じっとこっちを見た。





悟「僕がそう言った本当の意味は。


両親のように仲良くしたいって意味で。


ずっと・・・領くんと。


仲良くしたいってあの時、思ったんです」





ぎゅーっと手を握ってくれたから


ぎゅーっと領くんの手を握り返した。





智雄「・・・素晴らしいじゃないか」


雅子「ええ。領がそう言うのだから


間違いない、とは思っていました」





・・・え・・・




悟「何を言ったの?」


領「好きな人ができたって」


悟「好きな人?」


領「ふふっ。うん。悟のこと」


悟「!!!!!」




僕の両親が、じっとこっちを見ている。


領くんと繋いだ手を


じっと・・・見ている。


ヒステリックに叱られたら


どうしよう・・・と汗が出てきた。




だけどしばらく穏やかな空気のまま


金切り声は出て来なかった。




やがて、父さんが。


母さんと繋いだ手を黙って高く上げた。




領くんも。


同じようにして。


繋いだ僕らの手を高く上げた。




その時・・・




親戚連中は末席の僕らのことなんか


誰も眼中になかった。




だって。


高砂席の尉と姥が。


智大お爺さんと和お婆ちゃんが。




僕らに負けないくらい


繋いだ手をぎゅっと高くあげて


そのまま・・・


ふたりはぎゅっとぎゅっと


もうくっついちゃったんじゃないか


って思うほど


ちんまり仲良く・・・


本当に仲良く・・・笑い合っていて。




その幸せな姿は。


ここに集えたすべての人を


癒したに違いない。




この僕でさえ。


そんなふたりをいつまでも見ていたい


・・・って思ったんだから・・・