智雄「帰りは国鉄?」


智「ふふ、うん」




行きは阪急電車で


梅田までわざわざ行って


ゆっくり京都へ向かったくせに


帰りは新幹線に一区間だけ乗って


在来の東海道線に乗り換えた。




智雄「そんなに急いで帰りたいんだ?」


智「ふふ、うん」




そうか・・・


和さん、幸せだな・・・




まだ開いていた芦屋大丸で


和さんの好きそうなもの


果物、パン、ジャム、バター、チーズ


100%のりんごジュースや牛乳を買って


手分けして持って帰った。




宮川のせせらぎを聴きながら


岩園町の坂を登っていくと


温かい色の電灯が点いていて


玄関を開けるとシチューの匂いがした。




智雄「ただいま帰りました」


和「おかえりなさい」


智「ただいま」


和「おかえり」




お風呂もできていると言うけれど


ダイニングに並べられた料理の数々が


もう食べられるのを待っていた。


和さんの手料理はなんでも美味しい。


だけどそれ以上に


僕の話をうんうんと聞いてくれて


僕が食べるのをニコニコと


嬉しそうに見守ってくれるのを


たまらなくこそばゆく思った。




夏休みの最後の最後まで芦屋で過ごして


伊丹空港から飛行機に乗る時には


和さん智さんが揃って見送ってくれた。




持ちきれない荷物は


別便で送ってもらって


津曲さんの生ケーキだけを大切に


機内に持ち込んで


北海道で待っている次兄とその奥さん


それに相葉さん家の雅子ちゃんに


お土産で手渡した。







僕は大学生の間


何度も何度も和さんに会いに行った。


淡路島の思い出は数え切れない。


ちょっと遠出をして


有馬温泉、城崎温泉、道後温泉と巡り


ふたりを車に乗せて


美味しいものを食べ歩きに


美しい景色を見に


どこまでも運転した。





和さんと智さんが


揃って北海道へ来てくれたのは


僕が大学を卒業して


農業に本腰を入れて数年が経過した時。


・・・そう。


結婚の時だった。




間の農地を買い足して買い足して


今ではお隣になった


相葉さん家のひとり娘と。




相葉家は雅子ちゃんのお爺さんの代


お父さんの雅紀さんご夫婦


そして雅子ちゃんと


淡路島から三世代で移住してきて


もう島には誰も残っていない。




結婚式に。


京都の人達も招待したけれど


高齢や子どもらの受験を理由に


お祝いを贈られてきただけで


僕の方の親族席は


養父母(次兄夫婦)と


和さん、智さんの四名だけだった。


だけど。


間違いなく最強の四人だった。





和さんは黒留袖を着ていた。


それはあの夏の日の京都で


赤い鯉に導かれて覗き見た


花と蝶々の黒振袖を直したものだった。


袖を短くして


裾の綿も抜いてしまって


胴裏も張り替えて・・・




智さんと仲良く並んでいる和さん。


僕らの門出を


見守ってくれている和さんが


僕らに負けず幸せそうで・・・





少しは恩返し、できたかな・・・





もう、この時には。


和さんが実母だと


智さんが実父だと、知っていた。




北大農学部の遺伝子制御学研究室で


こっそりと毛髪検査をした。


何度も何度も確かめた。





やっぱり・・・って気持ちと


どうして教えてくれなかったのかな


・・・って気持ちと


いろんな気持ちが入り混じっては


雲の流れる先へと洗い流した。 


だってさ。


ふたりのことが大好きなんだもん。





最後には


言えなかった事情を考えた。





だけどふたりには


気付いたことを、言っていない。





ふたりが内緒にしている理由は


いろんな事情で僕を養子にしてくれた


養父母(次兄夫婦)への遠慮もあると


分かるようになっていたから。


僕によくしてくれる養父母に


両親の席を譲る・・・


自分達は親戚の位置付けで見守る。


そんなことができるふたりは


紙切れの届出よりもうんと深い愛情を


いつの日もいつの日も


僕に送ってくれていた。




僕・・・ふたりの愛情を


ちゃんと、ちゃんと


受け取っていたからね・・・




ありがとう・・・


ありがとう・・・





《渦潮終わり》




明日から第四章『海潮』をお届けします。

起承転結の、結です。


もうすぐ終わってしまうので

明日からは一話ずつお届けしますね。