(智雄目線)





若嫁「あなた、そこで何をしているの?」



刺すような声に振り向くと


小さな子を連れた若い女性が


ワナワナと怒りに震えて


凍りつくような視線を投げていた。




若嫁「その部屋に近付くことは  


私でさえ許されていないのよ。


なんて厚かましいんだろう。


あなた、どこから入り込んできたの?」




智雄「すみません。


僕・・・ちょっと分かっていなくて


迷い込んでしまって・・」




その人はすごい剣幕で


散々僕を不審者扱いして


訳の分からない言いがかりを付けて


大声で喚き散らしていたけれど


お子さんがその手を振り払って


部屋に入ってしまったのを機に




若嫁「新入りの売り子ね?


まったく。困ったものだわ。


この廊下の向こうの突き当たりが店よ。


分家の静さんが珍しく来ているから


静さんにキツく叱ってもらいなさい」




そう言うや


シッシと手で祓うそぶりを見せた。





静さん・・・?


僕はその名前を聞いてホッとした。


和さんの姪御さんだ。




言われた通り、廊下を真っ直ぐ歩いて


店に抜ける戸を開けると




智「嗚呼、よかった。


智雄が見当たらないと心配していたんだ。


今、手分けして探しに行くところだった」


智雄「家の中で迷子になっちゃって」


静「智ちゃん?お久しぶり!!!」


智雄「お久しぶりです」




静さんは、和さんにそっくりだった。


優しくて、温かい。


僕は叱られるどころか


折角だから、と


店から通りを三つ隔てたところにある


西陣織の工房に連れて行ってもらい


職人さんらにその貴重な工程を


見せてもらえることになった。




すごいな。


ひと針ひと針、金糸銀糸を縫い込んで


鶴や鳳凰の刺繍を入れていくのは


まるで魔法のようだった。




そのまま今度は北に数本上がって


今出川の分家にもお邪魔した。




三男(静の夫)「智雄か!」


智雄「兄さん!お久しぶりです」




小さな女の子達がピアノを弾く家は


とても明るく華やかで


和さんの書斎に案内されるも


従妹達が付いてきて大変だった。



「おばあちゃんの本だよ」




この子達にかかると


和さんは、おばあちゃんなのか。




智雄「いや、君たち、最強だな」




なんだか愉快で笑ってしまった。




静さんは淡路を懐かしがり


いかなごの焚いたんをおむすびに入れて


おやつに出してくれたけれど


本家のお婆さんから電話があり


皆でご飯においでと言われて慌ててた。




静「おむすびのこと、内緒ね」


静の娘「はーい!」


静「智ちゃんも、内緒よ?」


智雄「はい」





平和だった。


この時までは。


僕らは皆で仲良くお昼に本家へ帰った。





すると。




さっきまでと様子が一変していた。




僕を見るなり


さっきの女性が指をさして




若嫁「ほら。言った通りじゃない。


この人が不審者よ!」





なんのことか分からずに


きょとんとしていると


荷物の中を見せるように言われた。




若嫁「これ、なに?」


智雄「それはいただいたものです」




封筒の中のお金は


聖徳太子も入っていたので


僕はねちねちと言い掛かりを付けられた。




智母「ちょっと、いい加減にしなさい。


そもそも何の騒ぎやの?」




そうだ。


何があったのか。


静さんや三番目の兄と奥を伺うと


さっきの黒振袖の部屋が


荒らされていることに気付いた。





智雄「え・・・?僕じゃありません」





何事や、と。


さっきまで論文を書いていた長兄も


部屋から出てきた。


家中の皆が集まっていた。




僕は・・・


床に散らばった和さんの字を


黙って一枚一枚拾い集めた。


母とも慕う和さんの


女を感じさせるその和歌は


見てはいけないものだとは思いつつ


誰かが大切にしているものを


こんな風に無碍に扱うのは許せない。


静さんも一緒に屈んで拾ってくれた。




静「・・・誰がこんなひどいこと・・・」




その時、再び刺すような声が響いた。




若嫁「静さんは黙っとって!」




その人は、勢い止まらずに


思ったことをそのまま口にした。




若嫁「だいたい気持ち悪いんです。


静さんのお母さんでしょ?


智おじさんを誑かしてるのは。


娘の嫁ぎ先の当主に言い寄るなんて


どんな神経してはるん?


いつも上品ぶった顔をしてるけど


さすが奉公人あがり、お里が知れるわ」




耳を疑うひどい言葉に 


思わず顔をあげて振り返ると




パチン!


その人は容赦なく


頬を打たれていた。