松本、櫻井といえば


もうひとり居たなぁ、と


智はふと思い出した。




智「そういえば、相葉の雅紀は・・・」


翔「そうそう。相葉さん御一家もさ。


北海道に移住したんだよ」


潤「それこそ大野さんの農場近くだよ。


車で10分くらいのところって聞いた」




それで、電話をかけてみた。




雅紀📞「お久しぶり!懐かしいなー。


皆さん、元気にしてますか?


ねえ。北海道に遊びに来てよ」




翔「このまま、行っちゃう?」


潤「行きますか!」


智「・・・・・」


翔「旅費のことは何も問題ないよ。


大野さん家の家賃を現金で払う!


和さんには伝えておくよ」


智「・・・そうだ。


そういうのも、教えてほしい。


淡路大野屋の家賃とか洲本の家のことも。


収支を知りたいんだ」




松本と櫻井は


さっきまでと別人の智に驚いた。


ふたりともそれほど飲んでいなかったので


淡路大野のここ十年の収支について


出来るだけ詳細に智に伝えた。




収入としては二軒分の家賃がある。


固定資産税に


和に必要な社会保険料、生活費・・・


十分に賄えたであろうに


和は神戸に出て仕事を続けている。




翔「それは間違いなく


智雄くんの為だろうね」


潤「医療費に生活費


習い事や勉強にかかるお金、給食費


それなりに必要だよね」




そうか・・・そうだよな・・・




智「翔くん。


北海道への旅費の用立ては有難い。


ただ・・・それは和の金だ。


別口から下ろします」




淡路のお金はこのまま和に任せて


自分は手を付けたくなかった。


三人が北海道に飛んだのは


次の銀行営業日のことだった。


淡路の家には通帳も印鑑も揃っていた。





智は湯を浴び


髭を剃り


若い頃の小綺麗な着物に袖を通した。


和が・・・手入れをしてくれていたそれは


同じ和箪笥に仲良く入っていたので


愛おしい人の匂いがした。


さっぱりした智は


憂いを纏いながらもいい男だった。




民間旅客機ではスープ、機内食が出た。


「お国の為に敵国と戦う」から


「民も旅を楽しむ」時代に変わったのだ。



*ララァさんのお写真です*





北の大地には


まだ雪が残っていた。


そのピンとした空気は


智の背筋を伸ばした。





相葉「智さん。


あのさ・・・」





相葉家の雅紀が躊躇いながら


だけどやはり言わなくちゃ、と


その口を開いた。




智「なんだ?」


雅紀「和さんね。


その・・・内緒にしてるの」




内緒・・・




雅紀「智雄くんに、自分が産んだとは


まだ打ち明けてないんだ」




まじか・・・




智「どういう立ち位置なんだ?」


雅紀「智雄くんは、京都大野家の


智さんの亡くなったお兄さんの四男で


淡路には兄弟揃って疎開していた、と


思い込んでる」


智「大野の・・・」


雅紀「名前は『大野智雄』だからね」




じゃあ、和は・・・?




雅紀「和さんは、親戚のおばさん


・・・なのかな・・・」



智「・・・そうか・・・分かった。


和が守っていることを、俺も守る。


もう丸ごと。丸ごと守りたいんだ。


こっそりでいい。


こっそり・・・智雄を見られないかな?」


雅紀「中学校の卒業式がある。


俺、この辺りの青少年指導員やってるから


招待状があるんだよ。


一緒に行ってみる?」


智「ありがとう。行かせてもらう」




体育館の一番後ろから覗いてみた。


来賓の方は前の方に、と言われたが


遠慮してその一番後ろに座った。





先に和を見つけた。


ほんの七日前に抱いたばかりなのに


なんだか遠くに感じられた。


桜の訪問着をいつまでも大事に着て


じっと壇上を見つめている。


愛しい人の視線の先を追っていると




「大野智雄」


「はいっ」




卒業証書を受け取る我が子を


はっきりと認識した。




それは古いアルバムを見るかの如く


若き日の自分にそっくりだった。


はにかんだ笑顔をまことの母親に向けて


照れくさそうに壇上から降りていく。


それを優しく見守る和は・・・


目にハンカチを何度も当てていた。




ちゃんと、親子じゃないか・・・


誰がどう見ても親子じゃないか・・・




ふたりの絆を


しっかりと見てとった智は


黙って中学校を後にした。


そして京都へと帰った。





目の前にあることを


ひとつひとつ片付けていこう。


智雄に恥ずかしくないように


いつかお前の父親は自分だと言えるように


智は京都大野を立て直すことにした。





着物の展示、販売は


主に全国の茶道教室を中心に展開した。


遠く石川、富山、岐阜までも


商売に出た。


柳小折を背負って行商に出ていたんだ。


智の客を見る目は確かだった。


借金をさせてまでは売らない。


買わせない。


だから現金決済を貫いた。


それは老舗大野の坊のプライド。


法外な値ではなく適正価格で勝負した。


それは織元を守ることにも


消費者を守ることにも繋がった。


無理をさせないで贅沢なものを売る。


ひとりの客から大金をせしめるのではなく


人生一大の晴れ着を多くの人に広く売る。


長く間が空くほどに上等なものを売る。


智の商売には、品があった。




背中に背負った柳小折から


やがて四トントラックいっぱいになり


それも一台から二台になり・・・


大きな都市部のデパートでも


京都大野屋の商いが復活した。




三年後。


とうとう赤字がなくなった。




智は見事、京都大野を立ち直らせたのだ。