第一章『潮騒』はこちら

曾孫目線から物語は始まります。


第二章『銀波』はこちら

時系列順に読みたい方はこちらの5からどうぞ




第三章

☆*:.。. o(≧渦潮≦)o .。.:*☆

昭和〜


智と和の子は、智雄(ともお)です。

父親智の一字をもらいました。



*ララァさんのお写真です*





京都では


和を気の毒に思う気持ちが強かった。


特に三人の子ども達の母親(長兄嫁)は


息子に会いたい気持ちもあって


防空頭巾を被ってよく淡路島へ渡った。


経路の大阪神戸は火の海になっていたが


それでも息子に会いたい気持ちが勝った。




母親と和の仲が良いことは


三人の息子達にとって嬉しいことだった。


泊まり込みで母親が来てくれるのだ。


競って幼い従弟・智雄を可愛がった。





和「お義姉さん。いつもすんまへん」


長兄嫁「こちらこそ、おおきに」





淡路島ではまずもって手に入らない


バターやコンデンスミルクを


鞄いっぱいに忍ばせて届けてくれて


代わりに淡路島の野菜や米を


こっそり京都へ届けてもらっていた。




長兄嫁「お乳は出てる?」


和「はい。おかげさまで」


長兄嫁「京都の義両親は智雄(智の子)を


やはり大野の子として籍に入れたいって。


和さんのことも・・ちゃんとしたいって」




父の消息は依然として分からぬままに


二宮の姓を捨ててしまえば


それで済むことを


やはり絶対的な家父長制に縛られていた。


もう洲本の屋敷と南淡のお墓にしか


その二宮家はないというのに


それでも他ならぬ智が向こう50年分を


守ってくれたのだから、と・・・


果たしてそれを


この子に背負わせるのが正しいのか・・・


和は考えに考えて


大野の籍に智雄を入れるのが


やはりこの子の将来の為に良いだろうと



和「智雄のこと・・・


よろしくお願いします」



そう頭を下げた。




智雄は大野のお爺さんの戸籍に


「子の子」として、まずは入れられた。


智が戦争から帰ってきたら


いずれきちんと智のところに


入れる段取りとされた。


その時には晴れて和さんも、と


この時も大野では皆が口を揃えて言った。





やがて物心付いた智と和の子は


自分を大野四人兄弟の末っ子だと疑わず


天真爛漫な笑みを浮かべて


「かーしゃん(和さん)」と呼んだ。


「おおのともお」と名前を書かれて


よちよちと歩き回った。


隣組の人らは外に出るようになった智雄を


また京都から疎開してきた親戚の子どもと


そう思い込んだ。




いつしか和にとって大切なことは

 

二宮の家を守ることよりも


我が子が幸せに育つことに代わっていた。


それはごく自然な母親の情というもの。


愛しい人の面影を我が子に見つけては


この子の幸せの為ならば


どんなことにでも耐えられる、と。


そして智をひたすらに待っていた。




義姉は同じ女学校の後輩である和が


不憫でならなかった。


女の身で家を背負うのは大変なことだ。


義母も芦屋の家督について悩んでおり


古くから続く家を畳むことの難しさは


十分に理解できることだった。


大野家では和を尊い家族の一員として


ずっと大切に付き合いを続けた。





年月は過ぎていく。





智の長兄が越南で亡くなったという報は


大野家を悲しみのどん底へ陥れた。


ブラジルの次兄は日本人という理由で


強制労働所に収容されたらしい。


三男智の安否もわからぬまま


京都の義両親はもうこれ以上


誰も戦争にやりたくないと嘆いた。




さらに容赦なく


学徒である年長の孫に届いた赤紙が


追い討ちをかけていく。




智父「嫌じゃ。


もうこれ以上、戦争には、遣りとうない」





そうは言っても非国民と指をさされる。


それどころか、憲兵に連れて行かれて


見せしめ拷問など酷い目に遭わされる。





ひとり戦地へ赴き


もうひとり戦地へ赴き


とうとう長兄のところは


三番目の末っ子だけになった。




その頃、和の姪は神戸の女学校にいた。


和そっくりに美しく育った姪っ子・静。


大野のお爺さんは残された孫の嫁に


どうしても静が良いと無理を言った。





松本家にしてみれば


これはとても良い話だった。


いわゆる「玉の輿」である。


静の父も既に無言の帰宅をしていて


もうこの時


人間いつ死ぬか分からないから、と


一種狂気じみた空気が漂っていた。





静の母親代わりには和が立った。


段取りしてやりたくてたまらなかった


上賀茂神社での結婚式を


三番目の孫と和の姪っ子で挙げさせた。


ふたりはまるであの日の智と和そっくりに


可愛らしく初々しく


そしてとても仲が良かった。


参列した松本家の親戚は


京都大野の大きさにただただ驚いた。




これが後々


智と和の仲を


世間さまから隠さねばならなくさせるなど


この時は誰も危惧せずにいた。


当の和でさえ


姪っ子の幸せな門出を心から喜んだ。


戦時中の真っ暗な世の中で


一筋の光のようにも見える


可愛らしいふたりの幸せに


出席者一同、胸を温かくしたのだ。