(悟)💛




福良行きバスの車窓から


「東経135度北緯35度」の表示を見て


幼い日の社会の提出物を思い出す。


夏休みの宿題に書いたなぁ・・・




完成間近の明石海峡大橋の横を


大型の古いカーフェリーが出航する。


あと何回。


このルートを辿れるのだろう。


穏やかな瀬戸内海の細波が煌めく先に


『古事記』由縁の神々の島が続いていく。






洲本でバスを降りると


いつも通り松本家からお迎えがあった。





曾祖母「おおきに」





違っていたのは運転手が若いってこと。


曾祖母は松本家のお孫さんに


お小遣いを渡していた。





僕の・・・おばあちゃんだよ・・・





えも言われぬ黒い何かが腹に蠢く。


淡路や京都に曾祖母と来ると


「みんなの」おばあちゃんになる。


芦屋の家なら・・・


僕ん家のおばあちゃんなのに・・・


僕だけの・・・


ひいおばあちゃんなのに・・・





そんな子どもみたいな気持ちを


お腹の中にそっと隠して


いつものようにお墓参りから。


東に大阪湾、南に鳴門海峡が臨める


少し小高い丘のいつもの寺に寄った。





ここ・・・当たり前だけど


何度も来たことがある。


幼い日の記憶が蘇る。


夏には蝉がうるさくて


春や秋のお彼岸には


淡路島中の親戚が集まって


やっぱりうるさくて・・・






すずなりにイワシがかかった釣り糸


広い田舎の家の廊下を


おもちゃの外車でドライブして


中庭の鯉に餌をやったこと


そして・・・砂の城を作った。





・・・領くんと・・・




・・・領くんと・・・





*ララァさんのお写真です*



遠い日の懐かしい風景。


過ぎた日の甘い記憶が


春の風に乗ってやってくる。





お寺の人「ああ、お召し物が」





ハッとして曾祖母を見ると


おろしたての大島紬を着たまま


墓の掃除をしようとしていた。


寺の人に曾祖母を預かってもらうと


境内に上等の座布団を敷かれて


そこに案内されていた。





心配そうにこっちを見守っている。


その優しい眼差しの中


僕ひとり


バケツや箒を借りて


うちのお墓にあがった。





いや。


正確にはうちではない。


水島家の墓は淡路島ではなく神戸にある。


ここには曾祖母に縁のご先祖さまが眠る。





二宮家の・・・





既に誰か掃除してくれたのか


墓石はピカピカだったし


水も撒かれていた。






手を合わせようとして・・・






・・・え?


何、これ・・・?


どういうこと?






僕はその墓石に


信じられないものを見た。





いつから・・・?





幼い日々の記憶を辿ろうにも


今の今までその文字に


僕の中で


意味を持っていなかった。


というか。


幼い頃は読めなかった。


大きくなってからも


そこに掘られている名前なんて


全然興味も関心もなかった。





だけど・・・




今なら漢字も読める。


多少古典も習ったから


その意味も少しは分かる。






墓碑に赤字で刻まれている



なにこれ・・・





惠智院*・゜゚・*:.・*:.。. . .:*・・*和


惠和院*・・*:.。..。.:*・*: .。.:*・・*智





寄り添うように並んでいる


こっちにも「和」の字がある。


そして智という字が


やけに主張して


まるで和は自分のものだと


そう言っているようで


その並んだ朱色の字を見ていると


苦々しいものが込み上げてきた。





つい最近。


曾祖母和宛の手紙に


しかも宛名のところに


書いてあった・・・




「惠智院なんとか和」





僕は振り向いて、見る。


ちゃんと、そこに、居る。


僕のこと・・・見てる・・・





曾祖母「おおきに。すんまへんなぁ」





声も聴こえる。


すまなさそうに


心配そうに


僕を・・・見ている・・・





二宮家代々の墓の方にだけ


買ってきた花と線香を供えた。





だって。



まだ生きているんだもん。



生きていて欲しいんだもん。





曾祖母に背を向けて


ポタリと涙が溢れてきたのを


こっそり拭った。