(悟)💛




ひとりで帰って来た僕に


曾祖母は温かいココアを入れてくれた。


白いとっくりのセーターと


柔らかい綿のズボンが


炬燵で温められていた。


ありがたく着替える。


脱いだ先からハンガーに


学生服を掛けてくれて


柔らかいブラシで埃を取ってくれる。


幼い頃からどれだけ愛情深く


僕のお世話をしてくれただろう。


この人なしにして今の僕はあり得ない。




祖父から預かってきた京野菜の漬け物に


いつもの湯葉、和菓子を手渡すと


仏壇に供えて手を合わせている。




それから・・・


例の着物の包みを黙ってさし出した。


 



曾祖母「・・・おおきに」





そう一言だけ呟いて


仏壇に背を向けて畳の上にそれを広げた。


皺皺の指が正絹の着物をすーっと撫でる。


まるで何か愛しいものに触れるように。





悟「それ、本家の大爺さんから」


曾祖母「・・・・・」





どういう関係なの?



とは、訊けなかった。




訊けない空気を感じてた。




悟「僕のお爺ちゃんにちょっと似てた」


曾祖母「・・・・・」





ピンと張り詰めた空気を破ったのは


家の黒い電話だった。


出てみると京都からで


僕の帰宅を知り安堵の声をあげた直後


「領くんも一緒か?」と訊かれた。


「いや、ひとりで帰ってきた」と伝えると


向こうでひどく慌てている。





曾祖母「北海道の領がいなくなった?」




従姉妹はどうした?




悟📱「え・・・僕を・・・探しに?」





領くんが、僕を探しにひとり京都の町に?


土地勘のない領くんが京都を彷徨っている?


思わず時計を見た。


まだ夕方の六時を回ったところ。




悟「ちょっと京都へ戻ります」




もう外套を羽織っていた。


イカリスーパーの前まで一気に駆け下りて


阪急の線路を横目に


いや、JRの方が早いと駅に滑り込んだ。


来たのは新快速電車だった。





領くんが自分を探してくれている。


自分も領くんを探さないと!





その想いは小一時間のうちに


僕の萎んだ胸をどんどん膨らませた。


さっきまであれだけブルーだったのに


領くんを思うとこの胸が騒ぐ。


あの潮騒が戻ってきた。




*ララァさんのお写真です*





領「悟!」





え、どこ?





京都駅の雑踏。


領くんの声を聴き間違うはずがない。




どこ?


領くん、どこ?




会社帰りのサラリーマンにOL


学校帰りの制服の人達


スーツケースをガラガラ引いた旅人が


下はポルタに、横はお土産売り場に


上は駅直結のデパートに


そして改札へと


縦横無尽に行き交っている。





領「悟!」





キョロキョロ探す僕を捕まえてくれたのは


長くて美しい指。


ガシっと脇に抱え込まれた時


領くんの汗の匂いに包まれた。




僕を探すために


走り回ってくれたことがよく分かった。


そのまま雑踏の中を


ぎゅっと手を引かれた。


繋がれた手がトクントクン脈打つ。





領「・・・探した・・・」


悟「・・・うん・・・」





駅の公衆電話から


京都と芦屋に無事を伝える電話をかけた。




領「・・・え?もしかして


迷子扱いは、俺のほう?」


悟「ふふふ」




こんなに人がいっぱい居るのに


こうして出会えたなんて奇跡みたいだね。


僕らは手を繋いだまま改札を通り


ぼんやり灯る夜の京都タワーに見送られ


来た道を西へガタンゴトン揺られた。




冬の夜は冷えるはずなのに


領くんと繋いだ手はポカポカしていた。




領「こっちはあったかいな」




そうか。


北海道はもっと寒いもんね・・・




悟「雪がないから、寂しい?」




背丈もそう変わらなくなってる。


それなのに見上げてた。


そうすることが自然だった。




領「さっきまで寒かった。


いや・・・暑かった」


悟「どっちだよ」


領「走り回ってたから・・・」


悟「・・・ごめん」


領「いや。こっちこそ、ごめん」





それ・・・どういう意味?


どういう・・・ごめん?





領「あ、そうだ。これ。もらってきた」




ポケットをガサゴソして


僕の手にのせてくれたのは


北野天満宮のお守りだった。





悟「これ、学業に効くやつ?」


領「うん」


悟「ありがとう」


領「今度さ」


悟「・・・うん・・・?」


領「今度、ふたりでさ。


恋のお守りも、もらいに行こうよ」




それ・・・どういう意味・・・?




胸が騒ぐ。


トクントクンは僕だけじゃない。


ふたり繋いだ手が汗まみれだ。





だけど外せない。


外したくない。




高槻を過ぎて岸辺を過ぎて


あっという間に芦屋に着いた。





ふたりして大丸の裏手から岩園へ


やはりイカリスーパーの横を通って


坂を登ると


うちの玄関は煌々とあかりが灯っていた。


曾祖母は眠ってしまったのか


和室から出てこなかった。




それでも領くんはきちんと靴を揃えて




領「お邪魔します」




曾祖母の部屋に向かってお辞儀をした。




リビングはシーンと静まり帰って


テーブルにおにぎりが置いてあった。


まだほんのり温かい。


領くんと一緒に食べるうちに


お風呂が沸いた音楽が流れた。





悟「お湯、どうぞ」




領くんを風呂場へ案内すると


ふたり分の着替えとパジャマが


ふかふかのタオルの上に用意されていた。




領「一緒に入ろう」




淡路島でも北海道でも一緒に入った。


だけど恥ずかしくてたまらなかった。


領くんは堂々と全部脱いで


頭からザブンとお湯をかぶっている。




恥ずかしがるのが、もう恥ずかしい。




ぶるんと勢いよく飛び出した


自分のそれ。


女の子みたいに胸から下を


タオルで隠しながら・・・




鏡に写った自分のカラダを見た。




なんて・・・いやらしいんだろ・・・




曾祖母譲りの顎の黒子が


なんだかとてもいやらしく映る。




もう子どもじゃない。




しっかり育ってしまった


主張するそれを


もてあましながら・・・


それでも静かに


湯煙の中へと入って行った。