side N




大切な宴会があるからと


一般客の宿泊を断っている日があった。


前日の泊まり客用に朝食を準備し終えると


父さん自ら玄関先に水撒きをして


魔除けにもなるという柊の隣に


何か植えるためのスペースを空けていた。






和父「和。お参りに行こう」


和「うん?」





なんかよく分からないけれど


近所のお宮さんにお詣りした。


パンパンと手を叩き、頭を下げて


神さまにご挨拶。


隣の父さんが長いこと頭を下げて


神さまに何かを報告していた。


朝市でオリーブの苗木を買って帰った。






いつもより早く板前さん達が出勤してきた。


昨夜の泊まり客が帰ってしまうと


襖を全て取り除いて大広間にして


一斉に雑巾掛けをした。


その宴会場には紅白の幕が張られ


金屏風まで出てきた。





結婚式があるのか・・・





忙しそうにしている母さんには余裕がなく


厨房もお祝い料理に取り掛かっていて


届け物のたびにお勝手へと走った。




地元の菓匠が届けてくれたのは


おいり、あん餅、紅白のまんじゅうだ。






菓匠「おいりは五色で間違いないね?」





注文書は母親の筆跡だった。




五色のおいり、黄色と青を真ん中に

水引きは旅館のものを使います。




母親のオーダーと届いたものを確認して


受け取りに二宮と書いた。




和「はい。間違いありません」


菓匠「お代はもう済んでるから。


お赤飯、あんたんとこで炊くだろう」




小豆をくれた。




和「ありがとうございます」




ずしりと重い引き出菓子を畳の隅に寄せ


あん餅と小豆を奥の厨房に届けると


父さんと親父さんが真剣に


鯛を捌いていた。


お造り、煮物、姿焼き。


その隣には最高級素麺の束。




鯛麺にするのかな・・・





白味噌仕立てのあん餅入りお雑煮


鯛めん





それだけでもすごいご馳走なのに


雄一がオードブルに取り掛かっていて


魚介のマリネには


瀬戸内レモンとオリーブが添えられた。





和父「和。根菜の煮炊きもん、頼む」


和「はい」




フルコースだな。


根菜の角を取って丸く、丸く。


それは「丸くおさまりますように」と


幸せへの願いを込めての料理だ。


昔から伝わる料理には愛が詰まっている。


よく出汁が浸み込むように


分からないように包丁を入れて


少し甘めに煮込んだ。




和父「うん。美味い」


親父さん「うどんも、いきますか」





なんと。


父さんと親父さんで


うどんまで手打ちするという。


うどんはふたりの関係が長く続くように


との願いのこもった縁起物だ。





和父「小豆、昨夜から水に浸けたんが


そっちの鍋に入ってるから」


和「はい」





餅米と小豆でお赤飯を炊く。


それとは別に餅つき用にも準備した。





うちの旅館でこんな手の込んだ婚礼なんて


最近じゃ皆、都会で簡単に済ませるのに


この令和の時代になって


初めてのことなんじゃないか?


なんて思っていた。