side N





まだ朝の通勤通学客が溢れる時間。


電車を降りて改札に向かうと


・・・嗚呼・・・


・・・嗚呼・・・






心が震えて足がすくむ。


ドキドキが止まらない。





ひとり呉駅の改札口に立つ愛おしい人。


僕のこと、真っ直ぐに見ている。





一歩一歩。


近付く。


あなたのような人は・・・


日本中探したって・・・なかなか居ない。





ううん。


違う。


僕ったら、何を言っているんだろう。


命の恩人に向かって失礼な・・・






何処にも居ないよ・・・


あなたは唯一無二。


こんなに心が震える人は


世界中何処を探したって他に居ない。






小さな駅の改札口。


それなりに人が行き交う。


男ふたり見つめあうには


さすがに・・・ちょっと躊躇われる。





・・・それなのに。


見つめ合わずにはいられない。


一度目線が合えば・・・もう。


外し方がわからない。





抱きついて


キスがしたくてたまらない・・・





智「おはよう」


和「お待たせしました」


智「外・・・雨が降ってて」


和「・・・雨・・・」


智「駅前の喫茶店もいっぱいで・・・」


和「・・・うん・・・」


智「・・・俺の・・・部屋でも、いい?


官舎というか・・・独身寮だけど」


和「は、はいっ」






コンビニの傘に一緒に入って


ところどころ階段の混じる


迷路みたいに入り組んでいる細い坂道を


一緒に登っていく。





結構、キツイ・・・





和「・・・はぁ・・・はぁ・・・」


智「・・・あと少しだから・・・」






僕の息だけが


透明の傘の内側を曇らせるように思えて


恥ずかしくてたまらない。






智「ちょっと、ごめん」


和「・・・え・・・///」





なんと。


僕をリュックごとヒョイと担いでくれた。






智「これ、持ってて」


和「はい」





背中から傘を差し掛ける。


あなたのふわふわの髪が頬をくすぐる。





次の言葉が出てこないのは。


もう・・・胸がいっぱいで・・・





それでも階段の続く道で


他に誰もいないことを幸いに


勇気を出して話し掛けた。






和「・・・逢いたかった・・・」


智「・・・俺も・・・」





・・・俺も・・・///




その言葉を噛み締めるために


逞しい肩から僕の腕をぎゅっと回して


あなたに甘えたけれど。


愛おしい体温からさらに勇気をもらって


言いたいこと・・・


聞いてもらいたいこと・・・


そっと・・・続けてみた。






和「僕の・・・生い立ちから必要?」


智「・・・え・・・?」


和「僕が、どこの誰で・・・


今までにどんな恋をしてきたか必要なら」


智「・・・いや・・・違う。


そういうことじゃない」


和「・・・あの子は年の離れた弟で・・・


バレンタインの手紙はもう捨ててきた」


智「・・・弟さんか・・・」


和「僕の気持ちは変わらない。


あの海で助けて貰った時から・・・


ずっと・・・あなたが好き・・・


たとえseñoritaの恰好をしても。


たとえ瀬戸内の実家に帰っても。


僕は・・・


あなただけが今も大好き・・・


僕のほうは。


もう。


あなたに嫁ぐ覚悟はできてる」





潮の匂いの混じった冷たい雨風が


時折り強く吹きつける。





智「部屋・・・もうすぐだから」


和「はい」


智「ちょっと黙ってろ」


和「・・・・・」


智「俺の・・・気持ちも。


聞いて欲しいから」


和「・・・ん・・・」




いつの間にか


ふたりともずぶ濡れで


古い官舎の階段の踊り場には


ポタポタと雫が垂れた。





部屋に着くなり


バスタオルをバサリと被せてくれて


自分のこと後回しにして


お風呂にお湯を溜めたり


部屋の暖房を入れてくれたり


あなたは何処までも優しい。




和「智さんも・・・ほら、拭いて」




逞しい背中を追いかけて


そのバスタオルを頭から一緒に被った。


あなたの匂いが僕を優しく包みこんで


ふたりの体温が同じになる・・・





和「逢いたかった・・・逢いたかった」





ぎゅっとしがみついてキスをねだる。


もう一寸も離れていたくない。






智「・・・俺も。逢いたかった」


和「じゃあ・・・キス・・・して」


智「・・・そんなに急ぐなよ・・・」





だって。


もう待てないもん。





智「俺・・・いっぱいいっぱい」





僕もだよ。


もう。


暴発寸前。




智「今夜・・・泊まっていける?」


和「うん///」


智「もう・・・帰したくない」


和「帰らない。もう帰らない」





もう離れないから・・・


もう離さないから・・・





智「好きだ」





甘いキスじゃなかった。


その時もらったキスは


息もできないくらいに激しくて


あなたの言葉がぐるんぐるん脳内を犯す。




好きだ・・・///




嗚呼・・・もう・・・




もう・・・


あなたの他には何も要らない。





智「キスだけでいっちゃったの?」


和「うん///」


智「ふ・・・は・・・」




触れ合っただけで


Z La La La・・・





キスだけでいっちゃう・・・


天国にいっちゃう・・・





僕を・・・受け取って欲しい・・・