(大野詩)


クリスマスイブの午後に


零治に連れて行かれた教会には


既に何組もの人々が列を作っていた。


入り口でコートを預けて


祝福をもらってチャペルに通された。


どうしていいか分からずに


着席してすぐに黒い箱が回ってきて


なんだろうと覗き込もうとすると


零治がユーロ紙幣を二枚入れてくれて


さっと隣の席に回した。




・・・恥ずかしい。


献金箱だなんて知らなかった。


失敗しちゃった。





だけど


零治はきゅっと手を握ってくれて


詩の失敗は華麗にスルーしてくれて


フランス語で書かれたプログラムに


カタカナでルビを入れてくれた。




その讃美歌は


♬喜びは胸に満ち溢れる


という意味だと言う。

 

 



 

イエスさまの誕生のお話があって


それから美しい管弦楽の演奏があった。


キャンドルだけの灯りで


世界平和のために祈りを捧げる。


静かで荘厳な時間。


老いも若きも男も女も


頭を低くして幼子イエスさまの誕生に


感謝を捧げた。





美しいキャンドルの中を


人々がどんどん退場して行く中


私たちくらいの歳のカップルが


列を作り始めた。


係の人に誘導されてその最後尾に並んだ。


その後ろにもどんどん列は長くなる。


InstagramにUPする為の


記念撮影かな・・・?


だって十字架の祭壇の前で


フラッシュが焚かれているから。


そのゆっくり進む列の間に


零治が神妙な顔つきになった。





零治「詩さん。


この教会・・・気に入ってくれた?」


詩「うん」


零治「すごく人気のある教会で・・・


今から予約しても7年後なんだけど」


詩「7年?私たち23歳だね」


零治「お、俺・・・詩さんを大切にする」


詩「うん。いつも有難う」


零治「あ、あのっ。この列は・・・」


詩「ほら。零治。列が進んでるよ」


零治「あ、あのっ」


詩「フランス語がわかんないや・・・


engagement 約束?


serment 発酵かな・・・

 

marriage クロワッサンとカフェ・オ・レ?


本当に7年後の日付になってるね」




零治「詩さんは


お、俺で・・・いいの?」




・・・え・・・?



教会の人々が一斉にこっちを見た。



零治「騙すようなことはしたくない。


この列は・・・7年後にここで


結婚式をする為の・・・その・・・」



結婚式・・・?



詩「零治と・・・詩の・・・?」





一応訊いてみる。


これで他の人だったら、どうしよう。


またヒステリックに


王女さまのベッドで泣くところだ。





零治「俺は詩さんを嫁に貰いたい。


一生大切にする。他のなによりも」


詩「・・・お嫁に・・・」




・・・零治と・・・結婚・・・


零治が詩を好きなことは


ずーっと前から、気付いていた。




零治「来年この列にもう一度並んでもいい。


俺、何度でも詩さんに申し込む。


ノーと言われても何度でも申し込む。


よく・・・考えて・・・」




ずらりと並ぶ百人以上の人々・・・


この荘厳な教会で・・・結婚式・・・




詩と零治が・・・結婚・・・


・・・七年後・・・




一瞬。


母さんの顔が浮かんだ。


それから父さんの顔も浮かんだ。




列を抜けようとは思わなかった。 


自分の気持ちは・・・もう分かっていた。


蓮とは兄妹だから結婚できない。


詩が誰かと生きていくなら


それは・・・


詩を大切にしてくれる人がいい。





お腹が痛い時には手で温めてくれて


いつでも詩の足を守ろうとしてくれて


重い荷物は持ってくれて・・・


顔を見ただけで


詩の心が勝手にドキドキする・・・





今、目の前で泣きそうになっている


ふたりきりの葡萄園でキスもしない・・・


汗っかきな・・・零治。




ギモーブもサンダルも


どんどん送りつける零治。




繋いだままの零治の手は


驚くほど冷たくなっていた。




詩「ちょっとだけ・・・ごめん」




零治の手を離して家族LINEを開いた。


日本はもう・・・日付が変わる頃。




詩📱📧「七年後の話なんだけど、いい?」



既読が一気に四つ付いた。


皆、起きてる。



颯📱📧「いよいよ零治と結婚か?」



どうして颯に分かるんだろう。


他の人は、何も言わない。


じっと息を殺して見守っているんだ。


その様子が手に取るようにわかった。





詩📱📧「うん。零治と結婚の約束」





智📱📧「了解」

  

蓮📱📧「おめでとう」


颯📱📧「おめでとう」




・・・母さんは・・・?




その時、手の中の携帯が震えた。




和📱「もしもし」


詩📱「母さん。あのね・・・」


和📱「母さんはいつでも。


詩の・・・味方だよ。


詩が自分で決めたことなら、応援する」


詩📱「有難う」




零治「engagement は、婚約。


serment は、誓い。

 

marriage は、結婚。


consentement は、同意」






零治「詩さん。俺と、結婚してください」


詩「・・・いいよ・・・」





零治「・・・マジ?」


詩「うん」


零治「ぃやったぁ!」


詩「しーーーっ」





まだキスもしたことないのに


零治と結婚の約束をした。


7年後・・・この時はずっと先のことだと


そう思っていた。





昨日のふたりきりの葡萄園で


言ってくれたら・・・


キスができたのに・・・




残念な零治。




だけど♬


詩にもやっと彼ができた・・・♡




もうひとつUPしましたら


intermissionを挟みます。


『愛の輪舞』9話←10話は消されてないっ💦


直しますのでしばらくお待ちくださいませ