今日は朝日・日経を除く
読売・毎日・産経(おまけの新潟日報)がこの話題を一面トップに持って来ていました。


それに対して、朝日新聞が大学改革の特集記事をトップに持って来ている事には違和感を感じました。

 
私は政界に詳しい評論家でも、橋下徹氏個人を知っているわけでもありませんので
この話題についてはただ紙面を読んだ感想しか書けませんが
どなたか経緯について詳しい人がいましたらコメント欄などに書いて下さると大変嬉しいです。


さて
表題の突っ込みはお約束(?)として、
「維新の党」の創始者であり象徴である橋下徹氏が、27日に離党
(その時に「党を割らない」と幹部にメールしていたにも拘らず)
29日に新党結成表明は
自民党の稲田政調会長の言葉ではないですが「普通ではなかなか理解できない」ものです。

 
私個人的の感想としては
「『妥協の産物』からの完全な決別」
というのが、最初に浮かんだ言葉でした。


さて、今回
「維新の党」の結党理念を知らなかった私は
初めて党のHPを見たのですが、実は

「憲法改正による統治機構改革」

が最初に来ているんですね。

「集団的自衛権の検討を含む「自衛権」行使の範囲の適正化と法整備」

というのもありました。
ですから結構、党理念でいえば現政権と近いものがあるのです。


また、
「維新の党」の前身は、地域政党である「大阪維新の会」であることから
(この辺りは神谷宗幣さんが当事者であったと思います。)
党内の議員を見てもいわゆる「大阪系」議員が初期メンバーとして、橋下氏と近いポジションにいるわけです。

 
翻って、今の「維新の党」はどうか
現代表の松野頼久氏は民主党出身、
前代表の江田憲司氏、今回橋下氏離党の切っ掛けを作った幹事長の柿沢未途氏は
結いの党からの合流、いわば外様が執行部を務めているのが現状。

 
所属国会議員を見ても51人の内、「非大阪系」は40人弱、「大阪系」は10人程度


しかも、民主党との合流も視野に入れた「野党再編」を目指す松野・柿沢執行部と
党理念により与党との協調に軸足を置く大阪系議員との対立は相当激しかったようです。


そして今回、
柿沢幹事長が山形市長選で、橋下氏の意に反し、民主・共産両党が支援する候補者を応援し、これが今回の「事件」の直接の切っ掛けとなりました。

 
確かに「党を割らない」と明言していた橋下氏は一夜にして豹変(ひょうへん)したかに見えるのですが、そもそもそれ以前の問題として


「『維新の精神を知らない元民主党議員』(橋下氏周辺)が多く加わった」維新の党に対する 橋下氏の不満は相当積もり積もっていたのでしょう。

 
「人間の集まりなんだから、考えが合わなければ別れるのは当たり前の事。維新の党のメンバーと一緒にいたら改革が実現出来ないと思った」
という橋下氏の説明は、偽らざる本音なのだと思います。


しかしながら、何故ここまで「維新の党」の変節を許すに至ったかといえば、
過去の離合集散に見えるように、自らが国政に打って出ることなく、日本の政界に影響力を及ぼそうとする「政治家・橋下徹」の様々な妥協があったのだろうと思います。


ですから、今回の離党、新党結成は
政治家・橋下徹が過去の妥協の産物と化した「維新の党」から決別し
原点への回帰を決意したものと、私は感じました