別のお話・・・
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神様、仏様、お嫁様

前回の続き。


2週間以上、トイレの後は内またでひょこひょこ歩くという日々が続いたが、
依然として希望の光は見えないままであった。


困った私は、トイレから出た朝、
意を決して嫁に相談してみた。すると、


「前に医者からもらった痔の薬があるから使っていいよ。」


この世には神も仏もいるものである。

なるほど、嫁も過去に苦しんだ事があったのかとしみじみと思いつつも
医者からもらった薬ならば大丈夫だろうとニヤリと笑った。


これで苦痛からおさらば出来るのだ。
こんなことなら、もっと早く相談するべきだった。


嫁に感謝しつつ、その日の夜にさっそく薬を探してみた。
あっさり見つかり、薬を見てみると
宣伝にあるような形をした薬があった。


私も子供ではない。使い方ぐらいはわかるのだが、
やはり、言ってしまうのは人情であろう。


俺:「この薬を塗ってくれない?」


嫁に聞いてみた。すると


嫁:「嫌だ!自分で塗ればいいでしょ。」


分かっていたこととはいえ、そんなに嫌がられるとは心外である。
少し悲しく思いつつもおもむろにパンツを抜いで
自分で入れようとしてみた。


嫁:「トイレでやればいいでしょ!!」


まったくもって正しい言葉を浴びながら
しぶしぶトイレに入って薬を使ってみた。


いざ使ってみると難しいものである。
力を抜きながら入れようとするのだが、
どうしても力が入り、簡単に入っていかないのだ。


しばらく四苦八苦したのち、もう十分だろうと思い、
おもむろに薬の注入を開始した。


冷たさを感じつつ、薬が押し出されていくのだが、
薬がうまいこと患部に入っていかない。


失敗である。


薬は入り口付近にあふれ出し、
お尻の間に大量に挟まってしまったのだ。


ヌルヌルしていて気持ちの良いものではない。


お漏らしをしたような気持ちになりつつ
それをトイレットペーパーで拭いたときは、
「俺はいったい何をやっているんだろう。」と思わず人生を考えてしまった。


もうすぐ28才になろうというのに、
痔の薬もうまくいれられないという事実に少し悲しくなった。


気を取り直し、嫁にバレないように
新たな薬を持ってきて再チャレンジ。

今度は無事に注入に成功し、明日の朝には治っているだろうと信じ、
ウキウキしながら眠りについた。


そして、次の日の朝を迎えるのである。


続きは次回。

待ってるヤツなんていないとか言うな。


屈辱の内また歩き

前回、おなかの小石とどうやって戦っていくか
というお話をさせて頂いた続きである。


外に排出するものの中に小石のようなものが混じるということは
まず、考えられる原因として水分が足りていないのではないかと考えた。


よく便秘にならないようにするためには
水分摂取が非常に大事であるということは、
皆も良くご存じのとおりである。


そのため、毎日の水分摂取量を増やすことで
鋭い刃のような切れ味鋭い塊が、
マシュマロのように、頬ずりしたくなるような
やわらかさに変わるのではないかと考えたのだ。


ただし、やわらかくなっても頬ずりなどはしない。
それが大人のマナーである。


その日から毎日お水やお茶をいつもよりも多く飲むことを意識して生活をすることにした。
寝る前や起きた時にもコップ1杯水を飲むようにした。


もともと、水分摂取量は人よりも多いのだが、
さらに水分を摂取することにより非常にトイレが近くなってしまった。


仕事をしていても1時間に1回はトイレに立っているのである。
これだけトイレに立っているとサボっていると思われているのではないかと
ヒヤヒヤものである。


しかし、出るものは出るのだ。
よくも短時間でそれほど溜め込んだものだと、
皆もみれば納得の出っぷりなのである。


見せて納得させたい気持ちもあるが、それを見せびらかすような事はしない。
それが、大人のマナーだからである。


1週間ほど続けてみると日々の状況に変化が現れ始めた。

小石のような塊は触れれば切れるような鋭さこそ無くなったが、
なぜか毎回とてつもない大きさの塊が製造されるようになってしまったのである。


これはもう思わず
「神様、なんでだよ・・・。」
とつぶやきたくもなる。


いつも、60%程度の力を解放すれば、
すんなり追い出す事の出来ていたアイツも
90%以上の力を込めなければ排出することが出来なくなってしまったのだ。


はじめは余裕な感じで力んでいるのだが、
「いやいや、今日はちょっとやりがいありそうっすね。僕頑張っちゃいますよ。」
ぐらいの感覚を経由して、
「そこから1歩でも先へ進む事、まかりならん!!」
っていなもんである。


とはいえ、それを出さずに引っ込めたところで
行く末は決まっている。


ただでさえ、堅い塊が邪魔をしているのに、
それを放置なんて、事故現場の撤去処理をしないようなものであり、
つまり、便秘まっしぐらである。


そうなれば、答えは決まっている。
裂けるのを覚悟で出す。
これ以外はないのである。


それでもうまく力を加減しながら
おしりをもぞもぞさせ、出来るだけ被害を最小限に食い止めるように調整するのだが、
己の未熟さを痛感しながら、お尻の痛みを痛感するのである。


トイレから出たあとは、涼しい顔をしながらも内また歩きを続ける屈辱の日々が続いた。


しかし、あるものの力によって劇的な変化が訪れるのだが、
それはまた、後日。


それは小石のように

昨日の続き


ご飯の食べる量が増えてからというもの、
トイレの回数と量が飛躍的に増加したのだ。


かのギャル曽根も一日に数回トイレにいって
大きい塊を何度も出すという。


ギャル曽根ほどではないだろうが、
私も同様に出すものが太く大きくなっていったのだ。


食べる量が増えるとそれに比例してかなりの大きさになってきた。

しかし、出た後はすっきり爽快。むしろ良くも出たなと誇らしく思えるほどだ。
自らの体が循環していくような気もちになりうれしくもおもっていた。


ただ、それだけの話で終わるはずだった。


しかしある日、トイレに入り、いざ事をすると、
すれ違いざま、穴の周辺を切り刻まれるような感覚を覚えた。


それはそうだろう。
実際に切り刻まれていたのだ。


出すものの中に小石がまじっているような感覚といえば分かりやすいだろうか。


私はお金が無い時もあったが、小石を食べた覚えはない。
これは自信を持って言える。
であるため、小石が消化出来ずに残ってしまったという線は消えたと考えて良いだろう。


嫁も料理に石を入れるような事はしないはずだ。

当り前である。


しかしながら、私のおなかの中には小石のような
鋭さをもった物体が存在しているのだ。


ではなぜ、このようなものが現れたのか。
やはり食生活が原因だろうか。


詳細な原因までは分からないが、
この痛みの原因はこの小石のようなヤツであるのは間違いない。


これからこの小石のようなものと格闘することになっていくのだが、
それは、また別の日にお話しすることとしよう。