キム・イングォンは虚しい表情だった。

‘死ぬ苦労して撮った’ <マイウェイ>の興行スコアが予想外に低調なためだ。

泣きっ面にハチに‘親日論議’という暗礁に会いながら興行に赤信号が入ってきた。

キム・イングォンとしては土地を七役割だ。

<マイウェイ>の封切りした後、最も注目された俳優はキム・イングォンだった。

二人の主人公チャン・ドンゴン、オダギリジョーのアウラを越える程、

キム・イングォンは戦場で人間がどれくらい極端に怪物になることが、

できるのか立体的に見せた。

彼が演技した役は当初シナリオになかった人物だった。

だが、キャラクターの必要性を痛感したカン・チェギュ監督が、

苦心の末に彼を作り出した。

そしてキム・イングォンはカン・チェギュ監督の特命を完ぺきに遂行した。

-去る12月21日 <マイウェイ> 封切り直後から、

キム・イングォンの演技が注目されている。

ひょっとして予想したか?

予想はできなかった。

ところで顧みれば撮影する時も‘縦隊’キャラクターが愛をたくさん受けたようだ。

カン・チェギュ監督と(チャン)ドンゴン兄を始めとしてスタッフらの愛情が格別だった。

それで現場で即席で(演技に対する)アイディアもたくさん得た。

縦隊は序盤に興味をかきたてて後半に行きながら極悪非道なキャラクターなのに、

スタッフはこれに対して“山虎のようだ”と表現したよ(笑)。

一般的に撮影会場でスタッフに愛されるキャラクターが映画封切りした後にも、

観客らの愛を受ける。

今回の縦隊の役割も同じだった。

-素朴で人が良い縦隊がソビエト連邦に徴集された後‘アントン’という名前を、

得て捕虜らを管理する。

アントンは自身の地位を守るためなら友人まで裏切る非情な人物だ。

変化の幅がとても大きい。

ひとりだが完全に他の人のように見えたりもする。

その変化の幅をどのように表現したかったか?

縦隊が平凡な朝鮮青年ならば、アントンは人間の最も醜い面を見せる人物だ。

二つのキャラクターの感情幅がとても大きかった。

その一方で演技する時二つの人物がひとりから出てきたという事実を、

のがすまいと努力した。

変化が大きいといって現実感が落ちてはいけない。

状況変化によってやむを得ず変わるほかはなかった男の姿を、

アントンを通し見せたかった。

-縦隊とアントンでどんな人物にさらに引かれたか?

演技する時はアントンがもっとおもしろかった。

アントンは日帝強制占領期間の悲しみを後ほど返えす、
復讐に対する欲望でいっぱいである人物ではないか。
そうした点が魅力的で近づいた。
彼は悪口をあびせたり、むちゃくちゃに捕虜らを殴ったりもする。
感情を即刻に表出する人物だからアントンを演技しながら、
どんな快感と同じ物を感じた。
実際出てきて全く違う人物を演技する時そのような快感がある。

-初めてシナリオには縦隊がなかったって?

そうです。
ところでカン・チェギュ監督が‘映画の重量感がややもすると観客らに、
とても負担になることができる’で判断されたことだ。
味のあるキャラクターが必要だったし、
そのような理由で新しく縦隊という人物が追加された。
カン・チェギュ監督の <シュリ>(1999)や <太極旗を翻して>(2004)には、
助演らの活躍が大きくなかった。
監督は、
“今回は助演の比重を育てるつもりだ。 助演が光る映画を作ってみよう!”
とおっしゃった。
私は感謝して良いだろう。

-<マイウェイ>に対する観客反応が予想ぐらい爆発的でない。

気に障る。
俳優らやスタッフが苦労したことに比べて興行成績が低調で残念だ。
観客がたくさん見ればより良いでしょうに。
この映画、本当に苦労しながら撮った。
死ぬ程大変に撮った映画だ。
地面にヘディングする気持ちで撮影したが、
期待しただけにの結果を出していることができなくて胸が痛い。

-親日映画論議が足首を捕まえているようだ。


そのような形で罵倒されることが残念だ。

それでは劇中で日本六軍部隊軍歌の‘関東軍街’を歌った私も、

親日派にかけているか?

大衆の立場ではどんな話題が作られればその流れに、

さっと巻きこまれる傾向があるようだ。

今 <マイウェイ>を囲んだ雰囲気もそんなことないだろうか。

特にこの頃はSNS(Social Networking Service)が活性化しながらすべての話題が、

急速に広範囲に広まる。

“それは誤解”と説明する時間もない。

そのような状況を見るときは度肝を抜かれながら開いている。

どんな極端な観客は‘<マイウェイ>で滅びるように願う’と書き込んだりもしたよ。

そのような形の反応はちょっと違ったようだ。

それこそ反対のための反対であり批判のための批判ではないのか?

-アントンとタツオ(オダギリジョー)が山で激烈に争う場面が出てくる。

殺気が感じられる程雰囲気が険悪だった。

タツオを投げる場面だった。

投げる真似事だけしなければならなかったが、

感情がとても激しくなって思わず本当に投げた。

そちらの傾斜が45度以上だった。

オダギリジョー兄さんが下へ転がり落ちて補助出演者が捕まえた。

撮影がしばらく中断された程に深刻な状況だった。

負傷がなくて大いなる幸甚であって。

事実そこまでする必要がなかったが、

瞬間的に私の感情を節制させることができなかった。

その瞬間は日本や日本人に対するアントンの怒りが私の無意識を掌握して、

方法で表出されるのではないかとした。

演技する人物に陥って見たら、全く思うこともできない状況で、

そんなに無茶苦茶な行動があらわれるから自らもちょっと背筋が寒くなった。

-無意識の内に日本に対する反感ができたという話なのか?

もしかしたら私の中にそのような感情があったかもしれない。

撮影現場ではキャラクターに没頭した状態だと見ると反感がより大きかったようだ。

日帝強制占領期間が背景の映画の上に強制的に日本軍に徴集されて、

苦難に会う青年たちの話だ。

日本軍服を着た俳優が友人らを鞭打ちして殴る場面を撮る時は、

これが明確に映画撮影ということを明らかに知りながらも過去の日本軍の蛮行が、

浮び上がって怒りがでることだ。

その感情が実際撮影現場の外でも続いて心を簡単に開くことができなかった。

これはとても恥ずかしい話なのに…(笑)。

しばらくはご飯食べる時オダギリジョー兄さんの前で印象をズボズボと、

台なしにしたまま座っていた。

兄が何かを尋ねれば返事もよくしなくて(笑)。

誰も皆分かるだろうが、オダギリジョーは本当に素敵な俳優ですてきな人だ。