奇跡的に一命を取り留め、その日はライブ会場へ急いで戻り何事も無いよう舞台向かい公演を続行した。

「かーくんどうしたの?様子おかしかったけど大丈夫?」
「おかしかった?」
「無言で帰ってきて、冗談も言わず舞台に向かって行くとか……。みんなびっくりだよ。もしかして莉奈ちゃん何かあったの?」
「莉奈……。意識が急変して入院したんだ。」
「えっ!」
「一時は危篤状態になってさ……。」
「ええー!今は……大丈夫なの?」
「ああ。でも……。もう目を覚まさないかもしれない。」
「そんな……。植物人間……に?」
「いつかは目を覚ましてくれることを信じるよ。その時まで日本で暮らそうと思ってる。ずっとそばにいてあげたいんだ。いいかな?」
「仕方ないよね。了解。スケジュールはどうしようか?テレビとか出演する?」
「頼むよ。時々、あの子の事も頼んでいいか?」
「任せといて!」

 ライブが終わった翌日から病院通いをする事にし、毎日様子を見ていた。彼女にどんな辛い事が今まであったのだろう。眠りながら毎日の様に泣いていた。

「まー……ちゃん……。」
「ん?目が覚めたか?」

 寝言だった。以前も同じ名前を呼んで泣いていた。眠っている彼女に伝わるかはわからないが3日に1度、同じフロアの患者さんの所に花を配ったり、作詞をしながら病院の中遠慮してアカペラで歌っていた。

 3ヶ月程経過しても彼女は目を覚ますことは無かった。

「今日は何歌って欲しい?バラードばっかりじゃ飽きちゃうよな!今日はさ、ギター持ってきたんだぞぉー!たまにはロックな曲も歌ってやるからな!」

 機嫌よく弾いて歌っていると……。

「星川さん!何しているんですか!ここは病院ですよ!ギターまで持って来て!」

 検診で来た看護師に叱られた。

「怒られたじゃないかー。お前が目を覚まさないからさぁー!お前今笑ったな?絶対笑ったろ!」

 彼女に声が聞こえたのか見間違えかも知れないが笑った様に見えた。いつもの看護師の検診が始まり終わると彼女の元へ戻った。

「今作ってる途中の曲なんだけどさ……。」

 手を握りまだ未完成の曲だけれど彼女の為に想いを込めて作った曲を聞かせた。

『幾つもの この季節がモノクロに 染められて
 逢いたくて 君に逢いたくてこの歌を抱きしめる

 奇跡はいつも偶然に 結ばれ行く
 どんな色の 未来になろうとも
 ふたりで 乗り越えよう

 All for you  君に届け 今 君のもとへ All for you
 All for you 君のための 僕になりたいんだ
 永遠(とわ)に All for you…』

「なぁ。早く目を覚ましてくれよ。お前と話がしたい、声が聞きたい、抱きしめたいんだ。目を覚ましたら……永遠に君を守る。約束する。だからもう一度笑ってくれよ。」
 
 一瞬手が動き握り返された気がした。

「ん……。」
「ん……?」

 彼女の眉間にシワが入り少しづつ目を開き始めた。

「ん?目が覚めたか?気分はどうだ?」
「……?」
 
 髪を撫で頬に触れると光が眩しそうな顔をし、甘えるように頬ずりを微かにしていた。
 
「ん……。」
「ずっと眠ってたもんな。」

 大きく息を吸い込むと眩しそうに目を合わせた。
 
「誰……?あの……。ここは……?」
「病院だよ。」
「……病院?何が……あったんですか?」

 はっきりしたことは後々話そう。
 
「少しだけ旅に出ていたみたいだよ。」
「旅……?」
「なかなか帰って来なくてな。」
「旅……ですか?」

 嬉しさのあまりにナースコールを入れ忘れていた。

「ちょっと!米田さん目が覚めたのね!って星川さん!どうしてナースコールで伝えないんですか!」

 たまたま通りかかった担当の看護師が慌てて中へ入ってきて担当医に連絡をしていた。
 
「あ〜!悪い!嬉しく忘れてたよ!異変があったらナースコールしろって言ってたね?」

 看護師にまた叱られていると微かに微笑んだ。

「本当に良かったなぁ!早く元気になって彼氏に合わないとな!」

(そうだよ。彼女には彼氏がいるんだよ。早く元気になって……。)
 
「彼氏……?」
「どうした?彼に……会えるんだろ?」

 戸惑った様子を見せた。
 
「……彼の事が思い出せないんです。」
「本気で言ってるのか?」
「……はい。」
「一時的に記憶がなくなっているだけだろ。きっとそうだよ。」
「だと良いんですけど……。」

 できることなら……。そのまま忘れてしまえば良いと思った。

 医師が病室に入ってきた。
 
「目が覚めて本当に良かったですね。容態も良好で本当に良かった。こんな奇跡が二度も起こるなんて考えられないことだけど。昔から精神的な負担がかかりすぎている事から安心して過ごすことの出来る環境をさせてあげてくださいと付き添いされた方に一度お話した筈なのですがね……。薬や精神的な負担はかけないようにと……。それなのに覚醒剤を使用していたなんて……。」

 (以前から忠告されていたのか!?)
 
「……覚醒剤?」
「あなたの体に多数の内出血が見られました。検査の結果陰性でしたが星川さんはアザのことはお気づきでしたね?」
「はい。ホテルで……薬を抜いていました。」
「それで反応が出なかった……。」
「はい……。」
「米田さんは薬が切れかかると誰かが打ち、その繰り返しを過剰にされ続けていた……。」
「これは覚醒剤犯罪行為ですので警察に……。」

 この事は表沙汰にはなって欲しくなかった。
 
「彼女は何も悪くはありません!まだ夢や未来があるんです。ここで潰してしまうともう、本当に生きては行けなくなります。人間誰にでも誤った行為や間違えることもあります。再び息を吹き返した彼女にもう一度チャンスを与えてください。もう二度と僕がいる限りこのようなことをさせることはしません。警察には……。」

 医師は悩み彼女を見つめため息をつき何かを決めたようにこちらを向いた。
 
「仕方ない、分かりました。今回反応が見かけられなかったので、急性心筋障害という事に……。けれど米田さんの生活環境を変えなければ再び同じことを繰り返す可能性は大いにありますよ。生活環境を変えることは可能ですか?」

 彼女を全てから守りたい。
 
「僕が何とかします。彼女にとっていい環境作りをします。」
「あの……私なら大丈夫です。今のままで生活もしていけますし薬物に手を出さなければ……。うん。大丈夫……。」

 (何を言ってるんだ!?)
 
「出来なかったからここにいて、危ない橋を渡ってしまったんだろ?心身共ボロボロになって人一倍苦しんで、悲しんで我慢して、それでも人には笑顔を見せなきゃ行けないって小さな頃からずっとしてきたんだろ!色んな人が君の笑顔みて力を貰って幸せな気持ちになっているはずだぞ。それを独占しようとするものもたくさんいたはずだ。もう、十分頑張って来たんだ。好きなことして自分の為に笑うんだ。」

 思わず肩を握り締め、彼女の行なった行為に関して思わず怒鳴ってしまった……。

「……ごめんなさい。でも……。」
「『でも』じゃねーよ。いいんだ。」
 
 彼女の頭を撫で言い聞かせるようになだめた。
 
「そういえば米田さんの御家族の方と連絡は付けられないのかな?こんな事態になっているのに。」

 (莉奈の家族……。)

「私の家族……?すみません……。覚えていないんです。」
「あ、目が覚めてすぐだから仕方ないか。ゆっくり思い出せば良いよ。」
「両親の事は思い出せませんが、決して誰にも甘えることはしない1人で生きて行くと決めていた気がします。」

 1人で生きていく?誰にも甘える事をしない?幸せだから笑ってたんじゃないのか?それなら……。
 
「じゃー、お前の家族になるよ。」
「ハッ!?」
「お前の笑顔を絶やさないように一生幸せしてみせる。」

 彼女と医師は驚き目を丸くしていた。
 
「ハッ!?な、何いってるんですか!?あなたは芸能人ですよ!?あな、貴方は私となんの接点もない……。それに私とは何も関係がないじゃないですか!」
「職業は芸能人だけど、仕事から離れれば一般人だ。」
「そうですけど……。やっぱりオーラが他の人とは違うし……。」
「君がそう見てるからだろ?公園で見かけた時は何も思わなかっただろ?」
「そうですけど……。」
「接点だってさ、人間誰がどこで会うとかわからないよ。たまたま気分を落ち着かせる為に公園へ行って歌ってたら君がいて泣いてた。事務所に戻ろうとしたら男に襲われかけていたよな?逃げて事務所に着いてようやく俺の事がわかったんだよな?どこでどうなるかわからないし、君の昔の事は知らない。だけど……。これからなんとかしてあげたいって思うのはおかしいことか?」
 
 医師は隣で笑い始めた。
 
「星くん変わったね。もういい?堅苦しい言葉使い。僕さ、星川くんのサーフィン仲間なんだよ。まさかの発言にびっくりしちゃったよ!」

 医師というのは職業で俺たちはサーフィンで知り合った友人だった。極力院内では身分がバレない様に接していた。
 
「はぁ……。」
「君がドリンクを飲ませてくれていたあの時、星くんの担当医していたんだよ。熱中症になっていてねスタッフさんが用意してくれていた物を一切飲まなかったんだ。フラフラになって救急で運ばれてきたのにステージに立つって聞かなくてさ。ものすごくあの時尖っていて大変だったんだ。水分取らないとって渡していたんだけど拒否されていてさ。君は強制的に飲ませてくれたんでしょ?」

 その話をしないでくれよ!あの時は死んでしまえば美奈の元へ行けると思ったんだ。
 
「お願いされたから、買いに行ったんです。」

 その場から離れて欲しかっただけなんだ。それなのに……。
 
「あれさ、弱いところを見せたくなくて来ないで欲しかったんだ。それなのに、何本も俺なんかのために持ってきてさ。しかも勝手に無理やり飲ませられてさ。」
「あれはドリンクを持つ力がないんだと思って……。」

 あの時は余計な事をして欲しくなかった。けれど手を触れられた時に何かが変わった。
 
「手を添えて子供に飲ませる様に飲ませてくれたんだんだよね。あの時のかーくんにはちょうど良かったんだよ。ずっと尖っていた心に優しく手を添えて笑顔で自分を包み込んでくれた事が彼を変えたんだ。周りにあんな態度をとっていたけど、君は忠告をしてくれた。コイツ笑ってたんだよ。」

 この事実は話さないで欲しかったが……。
 
「調子を狂わされたからな!怒ってんのか、怒ってないのかどっちなんだ!?と思ってさ。そんな感じの女の子と出会った事もないしさ。」
「ただあの時は1人のファンとして言っただけなので……。」
「嬉しかったよ。」

 彼女は恥ずかしそうに俯いた。
 
「それでも……。おかしいですよ。一生幸せにするとか……。それに、彼氏がいるんですよ?」
「彼氏がいてもお前の家族になる。」
「家族……?」
「家族はどんなことがあっても繋がっている。戻って来るところはここだからいつでも帰って来ればいい。」
「家族と言われても……。血の繋がりもないし……。おかしいです……。」
「血の繋がりがなくても家族になれる。誰にでも帰る場所は必要だろ?君がこうなってしまったのも、少しだけ関与している気がするしな。」

「それに……。」
「それに?」
「いや、なんでもない!」

 なんなんだろう……。彼女のことほとんど知らないのに、ただのファンの1人に過ぎなかっただけなのに、これ以上関わってはいけないと思うのに……気になって仕方がなかった。何より、結婚をしたいと言うよりも先にどんな形であっても家族になってあげたいと思うようになっていた。どんなことが起ころうとも彼女を受け入れてあげたかった。彼女の……憧れの人でスターでありたかった……。

『無理しちゃって!好きで好きで仕方ないクセに!』

 頭の中で話しかけられた。見透かされているようで恥ずかしかった。
 
「バカ!何言ってんだよ!」
「あ……ごめんなさい!」
「え?」
「え?私怒られたんじゃ……ないんですか?」
「いや、君に怒った訳じゃないよ。じ、自分自身をさ、お、怒ってたんだ。君だって迷惑だよな。彼氏でもない俺が君のこと幸せにしたいなんてさ……。バカだよなー。俺って。」
「あの……。すごく……嬉しいです……。そんなこと言って貰えるなんて……。罰が当たります……。ありがとうございます。」

 何とか誤魔化すことは出来た。少しは慣れてきたが、謎のあの声にはいつまで経ってもなれない。

「覚せい剤の禁断症状も完全に無くなってこうして目を覚ます事ができて本当に良かった。あとは自力で食欲と体力を戻さないとね。家族にも協力してもらわないとね!」

 医師は肩を叩き、指差しをされた。

「任しときな!たくさんいい物食べさせてやるからな!もちろん!運動もして……!」
「やだ!」
「やだ!ってなんだよ。食ってばっかりじゃ脂肪の塊になるぞ!?」
「それもやだー!」

 まだ顔色は良くないが笑っているとやっぱり天使のようだった。この笑顔をずっと守りたい。