《霊道》
魂があの世に向かう為に通る道があると言う。
いわゆる『霊道』と呼ばれるものだ。
果たして『あの世』に向かう為の道は、一体何処から始まり、どの位の距離なのか?私には全く見当も着かないが、そうした霊道と呼ばれる道状の次元には、絶えず魂が流れ歩いていると言われている。
更にはこの霊道、様々な種類がある。
人の魂が通る道。動物の魂が通る道。この世に未練を残す魂がエンドレスにさまよう道。成仏する為に、己が死んだ場所から寺社に向かう道。成仏した魂が寺社からあの世に向かう道・・・等々。
『心霊スポット』と呼ばれる場所の中には、この『霊道』が出来てしまった場所と言うのもある様だ。
さて・・・
現在私が住むマンションは、13年前に購入した物件なのだが、北側のベランダに出ると、目の前にこんもりと山の様に高い木々が繁っているのが見える。
小さな神社があるのである。
我が家には、この神社から始まっているであろう霊道があった・・・。
結論から言えば、現在は無い。
何故無くなったのかは、後でお話するとして、この霊道に気づいた所からお話しよう。
我が家の玄関を入ると、正面には寝室のドアが見え、すぐ右には、現在物置になっている部屋のドアがあり、左側に居間に向かう短い廊下がある。
居間と廊下を仕切るドア、私はこのドアを常時開け放している。
飼い猫達がトイレに行くには、廊下の途中にある洗面所に行かねばならない為である。
ある日、私は居間の床に寝転んでテレビを見ていた。
飼い猫4匹は、寝転ぶ私の身体のアチコチに思い思いに身を擦り寄せて寛いでいた。
入居して間もない、2月頃の事である。
私がふと・・・
ある気配を感じ、開け放してあるドアの向こう、廊下の先に見える物置部屋のドアの方に目をやると・・・。
『今・・・何か・・・横切った・・・よな・・・?』
しかし・・・
廊下の先には何も居ない。
しかし、私の反応と同じく、飼い猫達がジッと、私が見詰める先を見ていた。
「オマエ達も感じたか?」
私が彼等に問うと、飼い猫達は一斉に毛繕いを始める。
私はまた、テレビに目を移す。
数分後、私はまた、ある気配を感じ、再び廊下の先に目をやった。
『何だ?寝室から玄関に向かって、何かが通ったぞ?』
飼い猫達は、やはり私と同じ方に首を向けている。
私は身体を起こした。
私の身体に身を寄せていた4匹は、居住まいを直すが、私から離れない。
また毛繕いを始める。
私は気配のする方をジッと見続けた。
「あ!」
私が小さく声を上げる。
飼い猫達が毛を逆立てた。
私が見たのは・・・
白い狐が通り過ぎる瞬間だった。
ほんの一瞬、私は白い狐が、寝室から玄関に向かって歩く姿を見たのである。
遅くもなく、早くもなく、狐は滑る様に通り過ぎた。
私は立ち上がる。
飼い猫達が小さく唸る。
『透けて見えたな・・・』
白い狐とおぼしきものの身体は透けており、微かに向こう側が見えていた。
私は玄関の方へ歩き出した。飼い猫達の視線を背中に感じる。
確かに『何か』が通り抜けた。
私は寝室のドアを開ける。
明かりの消えた暗い寝室からは、何の気配も窺えなかった。
私は寝室のドアを閉めて居間に戻った。
「今、白い狐が通ったね?」
私は飼い猫達に話し掛けた。
その時、私を見上げていた彼等の視線が、一斉に玄関の方に注がれた。
私は振り返る。
尻尾の様なものが玄関の外へと吸い込まれて行った。
『犬?狸?』
さて、その日以来、私も飼い猫達も、幾度も『何か』が通り抜けて行く気配を感じ、姿を見る様になった。
『こりゃ、動物達が通る霊道だ。』
恐らく、北側に見える神社から私の寝室に昇り(我が家は8階)、そこから玄関の外へと向かっているらしい。
さて、どうするか?
私は頭を捻った。
此処を通り過ぎるもの達は、別段悪さをする事は無い様だ。
多分、神社で成仏し、無事に『あの世』と呼ばれる場所を目指しているのだろう。
しかし・・・
調べてみると、この霊道から、ひょんなきっかけから外れてしまうものもあるらしい事が分かった。
四六時中、獣が通る我が家・・・。
中には先日見た様な『白い狐』と言う、神憑りと言うか、神話めいたものまで通り過ぎる。
その度に、飼い猫達は神経を使っている。
『彼等には申し訳ないけど、道を逸らして貰った方が良さそうだな。』
私は盛り塩をこさえて様子を見る事にした。
粗塩に酒を混ぜ、ぐい呑みで型を取り、小皿に盛る。
これを二つ作り玄関の内側に、ドアの左右両脇に置いた。
我が家の中を通り過ぎるのだから、玄関の外に置いても意味がない。
果たして、効果はあった。
盛り塩を設置して以来、何かが通り過ぎると言う事は無くなった。
霊道は逸れた様だ。
その後、一年程盛り塩を続け、現在は盛り塩は止めたが、何事も無く十年以上が、過ぎている。
しかし・・・
・・・と私は思うのである。
『我が家に出来た霊道が、動物のものだったから、まだいいが・・・人だったものが通り過ぎる霊道だったら・・・堪らんな。』
四六時中、人らしきものが通り過ぎる我が家など・・・
想像したくもない・・・。
《霊道》完