「貴方が帰国する前に、どうしても一つお願いがあるわ。」
ジョディーが言った。
「何?」
ジョディーが手を差し出し、傍に居たスコットを抱き寄せた。
「カズミにはどうしても、僕らの結婚式に出て貰いたいんだ。」
私は…
おめでとうと言う代わりに大粒の涙を溢した。
二人が私を抱き締める。
ジョディーが泣いた。
暫くの間、私達は動かなかった。
肝心な時にこそ、必要な言葉は出て来ない。
何か言わなければ!そう思えば思うほど、出て来るのは言葉ではなく、涙であった。
そこには様々な思いがあった。
ジョディーと出会ってから今日までの、本当に様々な思いと景色が交錯しながら、怒涛の如く私の胸に押し寄せて来たのである。
私の胸は痛いほどに締め付けられた。
こんな感情に…
こんな風に心と身体が支配されてしまう事は…
恐らく唯一無二。
これからの人生がどれほど続こうとも、二度とは無いだろう…。
身動き出来ない時を暫く過ごした後、ジョディーが涙を拭いながら言った。
「結婚式はパーティーを兼ねてボストンでやる事にしたの。だから一緒に来て頂戴。」
私は黙って頷いた。
「こっち(ニューヨーク)の友人の為に、こっちでも結婚披露のパーティーをするつもりよ。そっちにも出てね。」
私は涙を拭いながら頷いた。
「それでね?その時に貴方にスピーチをお願いしたいの。」
私は頷い…
「え!?す…スピーチ!?」
「ええ。」
「そ…それは…その…え…英語…で…?」
「英語じゃなきゃ、みんな分かんないわよ(笑)!」
「ええー!!!!!」
スコットがニヤニヤしている。
「ちょ…ちょっと待って!!!無理だよ!英語でスピーチなんて!!」
「やって!」
「カズミなら出来るよ!」
「で…出来ない!出来ない!だ…だって…そんな…結婚祝いのスピーチなんて…日本でだってやった事ないもの!」
「やった!じゃ、私達はカズミの生まれて初めてのお祝いスピーチが貰えるのね!」
「ひえー!!!!!!」
感動も涙も一瞬にして引っ込んでしまった。
こうして私は、ジョディーとスコットの結婚披露パーティーにおいて、人生初の結婚祝いのスピーチをする事になったのだった。
『どうしよ…?何を話したらいいんだろ?』
その日から毎日、私は明けても暮れても、スピーチの内容を考えては悩み、悩んではまた考えた。
「大事なのは、上手く話す事じゃないんじゃない?要はさ、カズミがジョディーとスコットに対してどんな風に思ってるか…だよ。」
その日、私はカズシにスピーチの内容について相談を持ち掛けた。
カズシもニューヨークでのパーティーに招待されていたからである。
「どう思ってるか…?」
「そ!」
「嬉しい。」
「それから?」
「幸せになって欲しい。」
「それから?」
「んー、分かんないよぉ!気が動転しちゃって、上手く気持ちが纏まんない!」
「ジョディーの為だよ!頑張んなきゃ(笑)!」
「日本語で考えたって上手く思い付かないのに、英語でスピーチだなんて無理だよぉ!」
「大丈夫だよ!カズミになら出来るって!」
「ふえ~!!」
これ以降私は、度々、知人の結婚披露宴にてスピーチを頼まれたり、司会を引き受けたりする事になるのだが、このジョディーの為のスピーチほど緊張した事はない。
この時の、世界が引っくり返るか?と思われるほどの緊張に比べれば、その後のどんな場所、どんな状況のスピーチだろうが、司会進行だろうが、屁である。
かくして…
時は刻々と過ぎ、しかし、私の頭の中のスピーチ内容は全く纏まらないままに、結婚披露パーティーの日を迎えてしまうのだった。