ニューヨーク物語 110 | 鬼ですけど…それが何か?

鬼ですけど…それが何か?

振付師KAZUMI-BOYのブログ




「貴方が帰国する前に、どうしても一つお願いがあるわ。」


ジョディーが言った。


「何?」


ジョディーが手を差し出し、傍に居たスコットを抱き寄せた。


「カズミにはどうしても、僕らの結婚式に出て貰いたいんだ。」



私は…



おめでとうと言う代わりに大粒の涙を溢した。


二人が私を抱き締める。


ジョディーが泣いた。


暫くの間、私達は動かなかった。


肝心な時にこそ、必要な言葉は出て来ない。


何か言わなければ!そう思えば思うほど、出て来るのは言葉ではなく、涙であった。



そこには様々な思いがあった。


ジョディーと出会ってから今日までの、本当に様々な思いと景色が交錯しながら、怒涛の如く私の胸に押し寄せて来たのである。


私の胸は痛いほどに締め付けられた。


こんな感情に…


こんな風に心と身体が支配されてしまう事は…


恐らく唯一無二。


これからの人生がどれほど続こうとも、二度とは無いだろう…。



身動き出来ない時を暫く過ごした後、ジョディーが涙を拭いながら言った。


「結婚式はパーティーを兼ねてボストンでやる事にしたの。だから一緒に来て頂戴。」


私は黙って頷いた。


「こっち(ニューヨーク)の友人の為に、こっちでも結婚披露のパーティーをするつもりよ。そっちにも出てね。」


私は涙を拭いながら頷いた。


「それでね?その時に貴方にスピーチをお願いしたいの。」


私は頷い…


「え!?す…スピーチ!?」


「ええ。」


「そ…それは…その…え…英語…で…?」


「英語じゃなきゃ、みんな分かんないわよ(笑)!」


「ええー!!!!!」


スコットがニヤニヤしている。


「ちょ…ちょっと待って!!!無理だよ!英語でスピーチなんて!!」


「やって!」


「カズミなら出来るよ!」

「で…出来ない!出来ない!だ…だって…そんな…結婚祝いのスピーチなんて…日本でだってやった事ないもの!」


「やった!じゃ、私達はカズミの生まれて初めてのお祝いスピーチが貰えるのね!」


「ひえー!!!!!!」


感動も涙も一瞬にして引っ込んでしまった。



こうして私は、ジョディーとスコットの結婚披露パーティーにおいて、人生初の結婚祝いのスピーチをする事になったのだった。



『どうしよ…?何を話したらいいんだろ?』


その日から毎日、私は明けても暮れても、スピーチの内容を考えては悩み、悩んではまた考えた。



「大事なのは、上手く話す事じゃないんじゃない?要はさ、カズミがジョディーとスコットに対してどんな風に思ってるか…だよ。」

その日、私はカズシにスピーチの内容について相談を持ち掛けた。


カズシもニューヨークでのパーティーに招待されていたからである。


「どう思ってるか…?」


「そ!」


「嬉しい。」


「それから?」


「幸せになって欲しい。」

「それから?」


「んー、分かんないよぉ!気が動転しちゃって、上手く気持ちが纏まんない!」

「ジョディーの為だよ!頑張んなきゃ(笑)!」


「日本語で考えたって上手く思い付かないのに、英語でスピーチだなんて無理だよぉ!」


「大丈夫だよ!カズミになら出来るって!」


「ふえ~!!」




これ以降私は、度々、知人の結婚披露宴にてスピーチを頼まれたり、司会を引き受けたりする事になるのだが、このジョディーの為のスピーチほど緊張した事はない。


この時の、世界が引っくり返るか?と思われるほどの緊張に比べれば、その後のどんな場所、どんな状況のスピーチだろうが、司会進行だろうが、屁である。



かくして…


時は刻々と過ぎ、しかし、私の頭の中のスピーチ内容は全く纏まらないままに、結婚披露パーティーの日を迎えてしまうのだった。