ニューヨーク物語 105 | 鬼ですけど…それが何か?

鬼ですけど…それが何か?

振付師KAZUMI-BOYのブログ




ダニエルのショーに出るまでは、石に齧りついてでもニューヨークに居続ける!


そんな思いから一転。


齧りついていた石が、フッと消えてしまった様な気分…。


生活は日常に戻ったが、私の気持ちは、何やら釈然としなかった。


母がニューヨークに滞在している間はまだ良かった。

ニューヨークの街をあちこち連れ歩き、案内して回った。


やる事があれば、気も紛れた。



しかし、滞在期間を消化し母が帰国すると、私は再び憂鬱とも言える心地に陥った。



ウィークデーはスカラーとして、スタジオの掃除をしながらレッスンに勤しみ、ウィークエンドはシャザームで働く。


日本から知人が来れば、色々と世話をやき、必要とあらばジョディーとシェアしているアパートに滞在させる。


新しいディスコがオープンした…と言えば友人達と繰り出した。


ジョディーが催すホームパーティー、誰それがニューヨークでの生活を終えて母国に帰る…と言えば送別会…etc.


イベント事は毎日の様にあり、気を紛らわすかの様にはしゃいでは居たが、しかし…


私の頭の中にはいつも、『帰国』の二文字が貼り付いており、私はまるで、その二文字を見ない様に、見ない様にしていた。



私は…


日本に帰りたくなかった。

このままニューヨークに居たい!と思っていたのである。


自分がそう思っている事にハッキリ気付いたのは、ある友人の送別会に行った時の事であった。



その日の主役、日本に帰る友人が一言…


「KAZUMI-BOYは?いつ日本に帰って来るの?」


と私に尋ねた。


「え…?」


不意を突かれた事と、自分で考えない様に、考えない様にしている部分にダイレクトに触れられた事で、私は狼狽えてしまった。


私がモジモジと、答えにつまっていると、横にいたアレックスが私に抱き付き、言った。


「ええーKAZUMIも帰るの?日本に?ダメよぉ~!KAZUMIはずっと此処に居るのよ!」


アレックスはしこたまカクテルを呷り、相当酔っていた。


彼女はイタリアからの留学生である。
日頃から非常に明るく、能天気ですらあったが、私達は仲が良かった。


「そうだよ!KAZUMIはこのままニューヨークに居ればいい!」


別の誰かが言った。


スカラー仲間のリサが言った。


「KAZUMIは、この短期間にすっかりニューヨーカーになっちゃって、日本から来たんだって事を忘れちゃうくらいだもん。ニューヨークと肌が合ってるのよ。」

外人勢はこぞって私のニューヨーク残留を訴えた。


日本に帰る友人が、再び口を挟む。


「でも、KAZUMI-BOY…ビザ切れてるんでしょ?」


私は黙って頷いた。


「KAZUMI!グリーンカード取りなよ!」


と、誰かが声高に言った。

「グリーンカード…」


グリーンカードとは、アメリカ合衆国における外国人の永住権、その証明書の事である。


「でも…グリーンカードって、そう簡単に取れないんでしょ?」


友人が返す。


「アメリカ人と結婚すりゃいい!」


「なんか無責任な発言だなぁ(笑)!」


皆、口々にグリーンカード取得のノウハウや、知り合いがグリーンカード取得の為に奔走した苦労話などを語り出した。


「ダメよぉ~!KAZUMI-BOYはアタシと結婚すんだからぁ~!」


泥酔寸前のアレックスが私の頬にキスを繰り返す。


彼女は私に抱き付いたままである。


「アレックス、キミと結婚したってグリーンカードは取れないよ(笑)!」


誰かが笑う。


「KAZUMI-BOYはアタシと結婚してイタリアに来るのよぉ~!」


「KAZUMIはニューヨークに居たいんだぞ(笑)!」


と、誰かが言った…。


その時、私はハッとした。


『そうなんだ…俺…ニューヨークに居たいんだ。』


自分で、それを口にした事が無かった。
他人に言われて初めて気付く。



ニューヨークに来た事と、ニューヨーク居る事が昨日までは表裏一体だった。


しかし今は…。


ニューヨークに来た目的を達成した今は…。



目的は達成したけど…


でも…



それでもニューヨークに居たい。


ニューヨークに住みたい。


そう思っているのだ。



目的を達成したからには日本に帰るべきだ…と、何処かで決めつけていた自分が居た。


しかし…


では…


日本に帰って…


どうするのだ?


日本に帰って…


何をする?


ダンス?


俺…


ダンサーになりたかったんだっけ?


いや…


そんな事、一度も思って来なかった。


じゃあ?


日本に帰ってどうするんだ?



送別会のざわめきの中、私は一人、悶々とし始めたのだった…。


そして、私の頭の中に一つの言葉がクルクルと回り始める。




『グリーンカード…。』