シャー・・・・・
私はバスルームのドアに身体を寄せると、耳を近付ける。
『確かに・・・この中からシャワーの音がする・・・』
意を決し、ドアノブに手を掛けた・・・・
と、その瞬間!
「あ!」
シャワーの音がピタリと止んだ。
私は勢いよくドアを開けると・・・
「誰だ!?」
と声を掛けた。
シャワーカーテンは、閉まっている。
私がシャワーからあがる時に閉めたのだ。
「!?」
しかし変だ・・・
私はバスルーム内にこもっている筈の湯気が全くない事に気づいた。
『水を出してた・・・?』
私は手を伸ばすとシャワーカーテンを掴み、勢いよく開けた。
「?」
誰もいない・・・?
バスタブを覗き込んでみるも、つい今の今迄シャワーを使っていたとは思えない状態であった。
新たな水飛沫もないばかりか・・・バスタブは乾きかけている。
普段の私ならば、この時点で・・・いや、シャワーの音が聞こえた時点でフロントに電話をかけただろう。
しかし何故か・・・
私はそうしなかった。
私はバスルームのドアを閉めると、ベッドに戻った。
そして、ベッドに腰をかけると・・・・
「ここはキミの部屋なんだな?」
と、無意識に呟いた。
再び強烈な眠気がやって来た。
私はバタリと身を横たえ、そのまま再び眠ってしまったのである。
私の様な人間にとって、こうした状態は非常に危険なのである。
事によっては、このまま憑依されてしまいかねないからだ。
この状況は既に、私は『キミ』に操作されている様なものである。
そして、もはや第三者の介入なしには、解決されない状況と言っても過言ではなかっただろう。
再び眠りに落ちてしまった私が、次に目覚めたのは明け方であった。
そして先程と同じ様に、まるで眠りになど就かなかったかの様な覚醒であった。
目も脳も冴え冴えとしている。
私はベッドがよせてある壁に背を向け左横向きに寝ていた。
私の左手はベッドの外に突き出ており、私はかなり、ベッドの端に寝ているらしかった。
それこそ、あと数センチで床に転がり落ちそうである。
私が姿勢を変えようとした、その時である。
「!!!」
身体が突如動かなくなった。
金縛りである。
さらに・・・・
私は『ある物』の存在を感じていた。
それは・・・・
私の背中にあった・・・・
誰かが・・・・・
私のTシャツを背中から掴んでいる・・・・
『だ・・・ダメだ・・・・動けない・・・・』
私は身体の自由も声も失っていた。
・・・・と・・・・
『!?』
私は、更に『何か』を感じた・・・。
この手・・・・
二本じゃない!!!
もっと・・・・
沢山ある!!!!
私のTシャツは背後からあちらこちらを掴まれており、いびつに引っ張られてた。
既に襟ぐりは私の喉を圧迫している。
『や・・・やめろ!!!』
私はこの時、ようやく我に返った様な気がした。
悪寒がし、恐怖を感じた。
金縛りを解こうと、必死にもがき、声を発し様と足掻いた。
『え!?』
私は一瞬、自分の目を疑った・・・。
ず・・・・ずず・・・・ず・・・・
私の身体が・・・・
少しづつ・・・・
移動し始めたのである。
つまり・・・・
背中を向けている壁の方へ・・・・・。
ずず・・・・ず・・・・ずずず・・・・・
衣擦れの音・・・・
身体がシーツに擦れる音がする・・・・。
目に映っている、テレビを乗せたサイドボードが少しづつ離れて行く・・・。
『くっ!!ダメだ!!いつもみたいに声が・・・出せない!!』
ず・・・・・ずずずず・・・・・
私の身体は、本当に少しづつ壁に近づいて行く・・・・。
Tシャツを掴む、数本の手は、時折私の肩や背中、そして腕に触れた。
体温のない手・・・・
ずず・・・・ず・・・・・・ずずずずず・・・・
ドンッ!
私の背中が壁にあたった。
うわーーーーーーーーーーーーーっ!!
声が出る!!!
金縛りが解け、同時に背中の手の感触も消えた。
私はあたふたと壁から離れ、ベッドから降りた。
私はベッドから距離を置き、ジッと壁を見つめるも、何もない。
「なんなんだよ・・・一体・・・?」
私は窓辺に行き、カーテンを開ける。
朝日が昇って来る気配・・・・。
私は『ふっ』と息をつくと、その場にしゃがみこんだ。
「だからさぁ・・・・」
部屋中を見渡しながら言った。
「出るなら『出る』って、最初に言えよぉ~!!!!」
気づくと、Tシャツは酷くねじ曲がっている。
私はゆっくりと立ち上がると、Tシャツの捻じれを直し、コーヒーを入れた。
「こんな・・・朝になってからじゃ、部屋を変えて貰う意味もないじゃん!!」
私はその後、テレビを見、シャワーを浴び、帰京の支度を始めたのだった。
荷物をまとめた私は、出る際に部屋を振り返った。
ベッドの足もとに掛かっている絵が目に入った。
私は荷物を床に置き、ツカツカとその絵に近づいた。
額縁を持って裏返す・・・・。
「は!やっぱりな・・・。」
絵の裏側には、一枚のお札が貼り付けられていた。
「一枚じゃ足んないみたいだぜぃ!!」
私は荷物を取り上げると、この部屋を離れた。
その後、東京に戻った私は、寺の住職である友人のお父上から、お札を頂き、それをツアー中持ち歩いた。
小さなものだったので、本番中も衣装のリストバンドの中に貼り付けた。
お陰で、それ以降のツアー日程は快適に進んで行ったのである。
この友人のお父上と言うのは、当時日本で五本の指に入る程の、偉く徳の高いご住職であったのだが、私はその後、別の機会にまた、このご住職のお世話になる事となるのだが・・・・
それはまた・・・・
来年の夏にでも・・・
お話するとしよう。
<掴む手>完