会社名:株式会社Promoters
(http://www.promoters.co.jp/index.php )
氏名:林 明慶
生年月日:1980年 3月29日
出身地:東京
休日の過ごし方:ショッピング・ゴルフ
好きなスポーツ:水泳・ゴルフ
趣味:旅行
お勧めの飲食店:ジャポネ(有楽町駅)
会社紹介
都市開発事業・ソリューション事業・メディカルプロモート事業の3つを軸に会社を運営するPromotersにインタビューしてきました。特に、メディカルプロモート事業ではクリニック移転をワンストップでサポートするというこれまでにあまりない試みをしていて、要注目の会社です!
8月18日(月)
水野元気社長から紹介をしてもらった、株式会社Promotersの林様に取材をしに出かけました。場所は銀座駅から徒歩5分程度。20分前に駅に着いたので約束の時間までに余裕で到着できると思いきや…、銀座に初上陸の二人は道に迷ってしまいました![]()
結局時間には間に合わず、電話で場所を聞く羽目になりましたが、とても優しい対応で迎えてくださいました![]()
以下インタビュー内容
Q:まずは林社長の若い頃のお話からお聞きしたいと思うのですが。
林社長(以下林):え、今も若いと思ってやってるんですけど(笑)
(いきなり先制パンチくらいました
)
Q:はい、今も十分お若いとは思いますが、学生時代のお話などをお聞かせください。
林:今では社会貢献や、仕事へのやりがいなども考えるようになりましたが、若い頃は金儲けばかり考えてましたね。前々職ではお金じゃない部分の仕事への取り組み方や姿勢を学びました。そういうことを凄い大事にする会社だったんです。そうした会社で働いているうちに、企業理念等の大切さを知っていくことが出来ましたが、僕という人間は生来お金儲けというものがとても好きな性質だったんですね。中学の頃には既に商売を始めていました。
Q:どのようなことをなさっていたのですか?
林:中学生らしいといえば中学生らしいことをしていました。
ブランド物の時計だったりとか、洋服とかを僕が安く仕入れて回りの人に売るという単純なものですね。
それが、高校生になったときには携帯電話に変わりました。携帯ショップに行きそこで売られている携帯電話を自分が連れてきた客には1000円安くしてくれと言い、その上で自分にバックを1000円回してくれと。ショップも自分も、さらには自分が連れて行った客も皆が得をするWin・Winの関係じゃないですか。その後の高校時代は同じことをバイクでもしていました。
(僕たちより若い歳から商売感覚を養っていたようです!商売としてはとても単純なものですが、関わる人皆が得をするように知恵を絞っていられるところは、本人の言うように生まれながらに持った感覚なのでしょうか![]()
さらに、携帯ショップやバイク屋さんには何のコネも持たず、自分自身で直接営業にいかれてたそうです![]()
そんな行動力を僕達も培っていかねばと思い知らされました
)
Q:大学時代はどのようなことをされていましたか?
林:大学時代も概ね同じことをしていました。大学時代は同じ活動を車で行いました。その時点で法人化をしましたね。車って中古屋さんが仕入れる値段がいくら位か分かりますか?
実は2~3万円くらいなんですよ。それを整備したり車検通したりしてから値段をつけて売られるんです。自分が車に乗って、知り合いとかにいくらくらいって聞かれたりしたときに、ネタをいって、15万で買う人を探してもらうって言うような感じでやってました。
あと、僕は建築系の学科に通ってたので、製図版というのを買わなくてはいけなかったんです。
製図版というものは新品で大体30万円くらいもするんですよ。中古でも10万円はするもので、その当時、これがこんなに高いわけないだろうって思いまして、安いものを探したんですね。
それでたまたまネットで1万5千円くらいのものを見つけたんですよ。メチャクチャ安いじゃないですか。そこでとりあえず買ってみたんですよ。届いたものをみたら凄い綺麗だったんです。巷で10万円で売られているものよりも遥かに綺麗で、これは売れるなってピンときました。
その店に聞いたら在庫が200台あるとおっしゃってたので、僕が自分で値段をつけて売るから指定した場所に送ってくれって申し出ました。僕がつけた値段は7万円。10万でこれよりも質の悪いものが売られているんだからいけると思いました。これを承諾してくれて製図版の販売を開始しました。
まずはビラを作成して配りまくりました。しかし、全然反応が来ないんですよ。おかしいな、絶対に売れるはずなのにって思って、しょうがないから実物をみせてやろうと考え、自分で車に積んで商品をみせてビラを配ったら面白いように売れて、その日のうちに20台くらい売れてしまったんですね。
この時点でいけるという確信を得て、残りの在庫も全て買い取りました。2ヶ月くらいで200台全て売り切って、1000万くらい利益を上げて・・・、商売ってチョロいなって思ったわけですよ。
(恐ろしいほどの商売感覚!!需要のもの凄い偏る商品を自分の立場を活かして売り込む。
これだけで、大学1年生が1000万円を手にする![]()
聞いていて二人は少し興奮気味になりました。
これだけでも十分凄いのに、林社長の思い出話はまだまだ続きます
)
林:製図版の商売はそこで終わったんですが、法人化をした車の商売は他にも色々しました。
Q:原価で仕入れているとおっしゃいましたが、それは誰でも出来ることなのでしょうか?
林:誰でも参加が出来るものではないですね。僕もまず、自分が車が欲しいと思い、出来るだけ安く買おうと思い立ったので、色々調べたんですよ。そうしたらオークションの存在を知り、オークションに参加するにはどうしたらいいのかを調べるうちに、古物商という免許が必要というのを知りました。オークションに参加するには預託金とか必要でしたが、そんなお金はありませんでした。そんななか知人の整備をしている方から、協力を得てオークションに参加できるようになりました。整備はそこでするという約束はしましたが、僕としては整備もしなければならなかったので、一石二鳥でした。
そして、当時僕の学生時代はイベントサークル何かが流行っていましたので、そのパンフレットの後ろに、あなたの欲しい車探します、なんて載せたり、パー券の後ろに、車1台プレゼント!ってキャンペーンしたり、色々しました。
今でこそ、そういう商売って数多くありますが、その当時やってる人なんていませんでしたので、ボロ儲けをして、またまた楽勝だなって思ってました。
(話の規模が大きすぎてテンポが狂ってきました![]()
ここで普通のお話も聞こうと思いました)
Q:大学では授業などはどのようにされてたのでしょうか?
林:授業は殆ど全く受けていません。大学にいっていたのも最初の2ヶ月くらいだけです。ああいう商売活動ばかりしていました。なので僕は大学も中退しています(笑)
今になって思えば、後悔をしているわけではないのですが、卒業するという節目を迎えるということは大切なんじゃないかとは思いますね。
私達:本当に凄いですよ、学生時代に1000万も稼いだら、そりゃ学校も行かなくもなりますね。
林:それが全然凄くないですよ。稼いで、チョロいなって思っちゃったのが大間違いなんですよ。結局そのときには事務所も借りて、名刺も作成して、10人くらい雇ってやってたんです。
そんな時にあるおじさんと知り合いになりました。その人は耐震金具っていって、地震の時にタンスとかが倒れないように補強をする金具の特許を持ってたんです。
その人に、これを一緒に売っていかないかって誘われて、良いですよ、って二つ返事でOKを出しました。
そのおじさんは渋谷区から援助を受けていて、老人の家なんかに行って取り付けてお金を貰う、お金は渋谷区が出す。硬い商売をしていたわけです。やればやるほど儲かるのだから、うちも10人いましたし、そのおじさんも凄い良い人に見えたので、よしやっていこう。っと思ったのが大間違いだったわけです。
Q:何が大間違いだったのでしょう?
林:そのおじさんは一人でその耐震金具の商売をしているわけじゃないですか。
実は特許って言うのは、とってみれば分かると思いますが、物凄いお金がかかるものなんですね。
金属で出来ているので、製造するための型を作らなければいけなかったり、その商品が安全であることを確認しなければいけなかったり。
結局開発から、市場に出るまでには億単位のお金がかかります。
おじさんは僕が若くして色々なことをしていることをどこかで知り、僕からお金を抜きたかったんです。
最初僕に出資してくれないかと言ってきました。僕はきっぱり断りました。一緒にこの事業を大きくしていくことはいいけど、リスクを求められるのは嫌だと。
そうしたら、今度おじさんは僕の下で働く10人に目をつけました。
うまいこと言いくるめられた皆は一人当たり150万くらい消費者金融でお金を借りておじさんに渡しました。
しばらくして、おじさんに騙されたことを知った皆は大混乱ですよ。金儲けはもういいから自分を普通の大学生に戻してくれ、なんて言われたりしました。様々なことを話し合った結果、僕が責任を取って皆の借金を全部返してやるということで解決させました。
その当時、僕が持っていたお金が1000万くらいで、皆の借金が全部で1800万くらいだった。足りない分は自分で借金をして全て払いました。そこで700万の借金を背負うことになりました。
(・・・1000万を稼いだ後に700万の借金を作る。学生のすることじゃありません![]()
スケールがでかすぎますね。でも責任取るあたりが林社長らしく、器のでかさを感じます
)
林:その時はおじさんから絶対に奪い返してやろうと思ってましたし、それに、数ヶ月で1000万くらい稼いじゃってたわけですから、なんとかなるだろうって気持ちもありました。
しかし、そのおじさんは百戦錬磨のサギ師みたいなもの。まさにクロサギですよ。そんなのから若造が金を取れるはずもなく、こんな人といたら自分の人生が終わってしまうと思いその人を諦めることにしました。
とんでもないくらい悔しかったです。友達と後輩なんかを全て失いましたし、自分の失敗でもないのに借金を作ってしまったことが嫌でたまらなかった。
それでもとりあえず返さないと話は始まらないと思い、働くことにしました。
1年間くらい警備会社のバイトを週14勤務くらいこなして返済に充てていましたが、全然減らないんですね。
700万の借金だと月々40万の支払いをしなければいけない。それなのに元金は殆ど減らない。
このままじゃ人生これで終わってしまうと思い、金儲けに関する色んなことを考えました。
それこそ、インターネットで「金儲け」なんて検索するくらいでした(笑)
結局不動産関係に注目して、色んな会社を調べていくうちに、固定30万、ボーナス3回、とだけ書いてある怪しい会社に入社しました。
不動産って一口に言っても様々なものがあるんですが、そこの会社はすごい複雑な権利関係の不動産を扱っていて、そこで知識をたくさん吸収することが出来ました。
でも、そこで働いているだけでは月給30なので、それだけでは返済が滞ります。なので夜は警備会社で働きました。そういう生活を3年間続けて、ついに借金を返し終えました。
(返し返し、凄いという言葉しか出てきません![]()
3年間で700万の借金を返しきる。このお話を思い返すと、自分も頑張れる!という気持ちを持つことができるのはなぜでしょう)
Q:その後の起業までの道のりを教えていただけますか。
林:その後は人材紹介会社で不動産・金融業への斡旋をしました。その企業では営業成績トップを取ったりして活躍できたと思います。しかし、自分には不動産業が性にあっていると確信していたので、その時点でいつか不動産に戻ろうと思っていました。
クライアントの不動産金融会社に転職をし、2年後に起業して今に至ります。
Q:具体的に起業しようと思われたのはいつごろでしょう
林:前職の不動産会社に入るときには2年後に起業しようという想いを持っていました。
Q:今後のビジョンをお聞かせください
林:僕が一番やりたいと思っているのは都市開発なんですね。だから都市開発をしたいです。でも、そういった事業というのはお金がかかります。なので現在は都市開発事業をする会社のコンサルティングをしたり、メディカル事業を中心に進めていきたいと思っています。今はサブプライム問題の影響で不動産業全体が停滞してます。おそらくここ数年間は停滞気味のまま進んでいくと思います。けど、そういうときこそお金儲けのチャンスだと思うんですよね。だから、僕もできれば不動産を今のうちに欲しいです。
(波乱万丈の人生とはこのことです![]()
1000万のお金を手にし、700万の借金を作った学生時代。その当時一番辛かったのは、それまで慕ってくれた友達や後輩が一気にいなくなってしまったことだそうです。そういった話を自分の体験談としてお話くださった林社長には苦労を背負ったことのある方独特のオーラがあり、とても尊敬できるものがありました。是非また話をしてみたいと思っています。数年後、Promotersがどのように成長しているのか要チェックです
)
商号 株式会社 Promoters
Promoters
創業
代表者 代表取締役 林 明慶
所在地 東京都 中央区 銀座3-11-16 G-3銀座ビル 7F
周辺地図 地下鉄出口案内
電話番号 03-3541-7000
FAX番号 03-3541-7005
URL http://www.promoters.co.jp
事業内容 不動産都市開発事業、賃貸事業 他
資本金 10百万円
決算期
免許・許可・登録 等 ・宅地取引業:東京都知事(1) 第84638号
・一級建築士事務所:東京都知事 第 号
・特定労働者派遣事業