松下幸之助さんは、

会社には「理念」や「進む方向」が必要だと考えていたそうです。

どこへ向かうのかが決まっていなければ、

人も会社も迷ってしまう。

私は最近、

それは個人にも言えるのではないかと思います。

毎日をただ過ごすだけではなく、

  • 自分はどんな人生を送りたいのか
  • どんな気持ちで生きたいのか
  • どんな未来へ向かいたいのか

その方向を持つことが大切なのではないでしょうか。

 

私たちは普通、

「今日から明日へ時が流れている」

と思っています。

でも本当は、

未来のイメージがあるから、

今日が動き始めるのかもしれません。

 

旅行でも、

「どこへ行くか」が決まるから、

今日の準備が始まります。

未来が決まるから、

現在が変わる。

 

この内容は、「バックキャスティング」という考え方にも少し似ています。

 

バックキャスティング(Backcasting)は、1人の特定の個人が作ったものではなく、1970年代から1980年代にかけて、環境問題やエネルギー問題といった「正解のない課題」に対処するために、研究者や専門家の間で自然発生的に生まれた考え方です。

 

未来に「ありたい姿(理想的な目標)」を描き、そこから逆算して「今、何をすべきか」をステップごとに計画します。

起源: 1970年代〜80年代初頭のエネルギー・環境分野で、石油危機などに対応するため、持続可能な未来に向けたシナリオを描く際に活用され始めました。

 

その考え方は、個人にも必要ではないでしょうか?

未来を先に描き、

そこから今日を考える方法です。

 

最近、空を見ていると、

そんなことを感じます。

未来へ向かって

時は、流れていますが、

 

未来の方から、

風や雲のように、

何かがこちらへ流れて来ている

と見てもいいのではないでしょうか?

だから私は、

未来を不安に思うより、

未来が来たくなるような今日を、

少しずつ整えていきたいと思っています。

どうでしょうか?

 

花里 一馬

 

 

 

こんばんは

 

4月26日芦屋の隣の町香露園にあるイタリアンレストラン・カクチーノというところで

3回目のイタリアのベルカント唱法の歌の発表会、ディナーショーに出演しました。

なぜ私が発表会に出ているか?

上手くなってから発表会に出るっていう考えはあると思うんですが、

ある程度練習が重なると壁ができてしまいます。

マンネリ化です。

 

そこで考えました。上手くなるために出る。

それの深い意味は、

本番でやってみないとわからないことがある。

いつまで練習してても上手くならない。

本番で行くと何かつかむものが出る。

そうではないでしょうか。

 

「上手くなってから出る」は遅くて、

「出るから上手くなる」が現実的な道と思うのです。

 

■なぜ壁が来るのか?

 

練習だけを続けていると、ある段階でこうなります:

 

・できているつもりになる

・同じ歌い方を繰り返す

・安全な範囲からしか歌えない

 

成長が止まる

 

これが“壁”になります。

 

■ 本番でしか起きないこと

 

発表会に出ると、環境が一気に変わります。

 

・緊張

・一発勝負

・人に見られる

・やり直しがきかない

 

この状態になると

 

普段の練習では出ない

 

・癖

・弱点

・本当の実力

 

が全部出ます。

 

■ だから「気づき」が起きる

 

「ここで崩れるのか」

「この部分が甘いのか」

「思ったより通用している」

 

これは

 

本番でしかわからない情報

 

■ もう一つ大事なこと

 

本番では逆に

 

普段以上の力が出ることもある

 

・集中力

・表現力

・覚悟

 

これも練習では出にくい

 

■ 今までの言葉を整理すると

 

上手くなるために出る

と言えばカッコイイですが、

本当は?

成長のために現実の壁にぶつかるの

です

 

■ 深い意味(ここが核心です)

 

これは単なる技術の話ではなく

 

「現実の壁にぶつかる事でしか人は変わらない」

 

■ 対比で言うと

 

練習だけ

→ 安全・安定・でも停滞

 

本番に出る

→ 不安・不安定・でも成長

 

■ 一言でまとめると

 

準備が整ったから本番に行くのではない。

本番に行くから、準備の意味がわかる。

ではないでしょうか?

 

ありがとうございました。

 

花里 一馬

 

「人生は、いつからでも始められる」

そういう言葉があります。

それは確かに、その通りだと思います。

でも私は、こうも思うのです。

始めることはできる。

けれども、始めているのは同じ自分です。

自分の性格は、急には変わりません。

 

話は変わりますが、

例えばロッキーの映画を見る。

そうすると自分がロッキーみたいになって、

よし頑張ろうと気持ちは、高ぶります。

でもその高ぶった気持ちが一週間たった時に

どっか行ってしまうのです。

それは仕方がないことですよね。

何故、そうなるか?

その理由を考えると自分の性格が

変わらないという現実があるからです。

 

ということは、

物事の見方も、

その性格のフィルターを通して見ている。

同じ性格で、同じ見方で始めるなら、

また同じような判断をして、

また同じようなことでつまずくのではないか。

結局

また同じところで止まる。それが一番悔しい。

そう思うのです。

 

だから、

「始めよう」「頑張ろう」だけでは、

なかなか変わらない。

では、何を変えるのか。

私は、

見えている世界をどう見るか?

の方ではないかと思うのです。

 

人は、

自分の性格というフィルターを通して、

世界を見ています。

そのフィルターのままでは、

見える範囲も限られてしまう。

だから、

同じことで悩み、

同じところで止まってしまう。

 

そうだとしたら、

変えるべきなのは、

何かを新しくすることも大切ですが、

それよりも、

どの様に見ているか?

結局、変えるべきは外じゃない。自分の見方だった。

自分で見つめ直す方が大切のではないか。

そんなことを、最近思います。

 

花里 一馬