シェイクスピアの恋愛喜劇に『お気に召すまま』に、
有名な言葉があります。
「この世は舞台、人はみな役者」
この言葉を読んだとき、なるほどと思いました。
私たちは人生という舞台に立って、それぞれの役を演じている。
若いころの自分。
会社員としての自分。
親としての自分。
そして年齢を重ねた自分。
舞台も役も、ずっと同じではありません。
時代が変われば、舞台も変わる。
自分自身も変わっていきます。
そして、このシェイクスピアの言葉とよく似た話を、
松下幸之助もしています。
現代という時代を「芝居の舞台」のように捉えました。
政治が変わる。
経済が変わる。
技術が変わる。
仕事も生活も変わっていく。
その変化に対して、
「昔は良かった」
と言っていても、舞台は元には戻りません。
だったら、新しくなった舞台で、自分はどういう役を演じるのか。
そこを考えなければならないというのです。
ある部長さんが、東京から九州へ転勤したとき、
厳しい状況に直面しました。
しかし、
「これ以上悪くなりようがないのなら、
やればやるだけ業績が上がる。こんなありがたいことはない」
と考えを、前向きに切り替える言葉で激励しました。
舞台を変えることができないなら、
その舞台で自分の演じ方を変える。
私はここに、とても大切なものがあると思います。
そして、もう一人思い出した人がいます。
矢沢永吉さんです。
オーストラリアでの事業をめぐる詐欺被害によって、
約35億円もの負債を抱えました。
さすがの矢沢さんも「もうダメだ」と思ったそうです。
精神的にも相当追い詰められていました。
ところが、そこで終わらなかった。
周囲から、本気で返そうと思えば返せない金額ではないと言われ、
「返せるかな?」
そして、返せると分かると、返済へ向かって走り始めた。
そして約5年かけて、35億円もの借金を完済しました。
矢沢永吉さんだって落ち込んだ。
「もうダメだ」と思った。
それでも、そこで人生という舞台から降りなかった。
私は、この話を聞いて思うに、
この考えが、とても大切だと思います。
人生には、自分ではどうにもならないことがあります。
失敗することもある。
人に裏切られることもある。
仕事を失うこともある。
思ってもみなかった場所に立たされることもある。
そんなとき、
「こんな舞台では演じられない」
と言って降りてしまうのか。
それとも、
「この舞台なら、自分はどんな役を演じようか」
と考えるのか。
シェイクスピアと松下幸之助さん、そして矢沢永吉さん。
時代も、生きた世界もまったく違います。
けれども三人を並べてみると、一つのことが見えてくるように思います。
人生は、自分の思い通りの舞台にはならない。
それでも、自分の役は演じられる。
落ち込んでもいい。
失敗してもいい。
立ち止まることだってある。
でも、
舞台からは降りない。
また自分の役を演じ始めればいい。
人生とは、案外そういうものなのかもしれません。
ありがとうございます。
花里 一馬








