比治山神社 (ひじやまじんじゃ)は、 
広島県 広島市 南区 比治山町 にある 神社 です。
広島r37、電車通り沿い。
一の注連柱は、昭和5年1月吉日。
鳥居3基。
右側に稲荷神社があり、赤い小型屋根付き両部鳥居。
常夜灯、弘化4(1847年)丁ひのと未ひつじ、9月吉日。
二の注連柱は、明治40年1月。
一の鳥居は、昭和3年12月1日。
手水舎は、昭和32年7月吉日。
神紋は、亀甲に中星。
一の狛犬、右に、阿形。
左に、吽形、土台後ろに扇形。
石柱は、明治36年11月吉日。
二の狛犬は、構え型、
左は、縄を咥えて、後ろ足に鈴。

獅子もいます。
二の鳥居は、「比治山神社」
針塚もあります。
石燈篭があります。

参拝します。

旧 社格 は 村社 で、現在は 神社本庁 の 別表神社 。 
大国主神 、 少名毘古神 、 市寸島比売神 、 須佐之男神 、 車折大明神 を祀る。 
元々は 比治山 の南の「黄幡谷」と呼ばれる谷に鎮座し、
黄幡大明神(おおばんだいみょうじん)・黄幡谷と称していたが、 
正保 3年( 1646年 )3月に 真言宗 勝楽寺の境内に遷座し、その鎮守社とされた。

 

藩政時代には稲荷町三組、東柳町、下段原村、竹屋町南裏、平塚、竹屋村などの産土神として祀られ、
当時の藩府より毎年正月門松添木、九月祭礼湯立の薪木を寄付されるなど崇められていた。

明治元年、神仏分離令の際、社名をあらためて比治山神社と称し、明治四年拝殿を再建、明治五年村社に列せられ、
明治四十年神饌弊帛料<しんせんへいはくりょう>供進社に指定された。

昭和二十年原爆により本・拝殿消失、昭和二十二年社殿を建立、昭和二十九年現在地ご鎮座三百年記念として
本・拝殿を本建築にて建立、昭和三十四年神社本庁より別表神社に列せられた。

平成十九年現在地ご鎮座三百五十年記念として新社務所・境内整備を行った。

 


主祭神: 大国主神, 

少名毘古神, 

市寸島比売神, 

須佐之男神, 

車折大明神

創建: 不詳
所在地: 広島県広島市南区比治山町5-10
社格等: 旧村社, 別表神社

車折大明神、くるまさきみょうじん
=清原頼業
卓越した学識と実務能力とを兼ね備え明経道(みようぎようどう)における
清原氏の地位を確固たるものにし,
紀伝道の下位に甘んじてきた明経道が,有用の学として隆盛に向かうのに大きく貢献した。
没後,京都嵯峨の車折(くるまさき)明神としてまつられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


比治山神社 (ひじやまじんじゃ)は、 
広島県 広島市 南区 比治山町 にある 神社 です。
広島r37、電車通り沿い。

 

 

 


一の注連柱は、昭和5年1月吉日。


鳥居3基。

 

 

 


右側に稲荷神社があり、赤い小型屋根付き両部鳥居。

 

 


常夜灯、弘化4(1847年)丁ひのと未ひつじ、9月吉日。

 

 


二の注連柱は、明治40年1月。

 

 


一の鳥居は、昭和3年12月1日。

 

 

 


手水舎は、昭和32年7月吉日。

 

カープ鳥、野球鳥

 

 


神紋は、亀甲(六角形)に中星。

 

 

 


一の狛犬、右に、阿形。

 

 


左に、吽形、土台後ろに扇形。

 

 


石柱は、明治36年11月吉日。

 

 

 


二の狛犬は、構え型、
左は、縄を咥えて、後ろ足に鈴玉。

 

 



獅子・ライオンもいます。

 

 


二の鳥居は、「比治山神社」、平成19年3月

 

 

 

 


針塚もあります。

 


石燈篭があります。

 

 


 


参拝します。

 

 

 

 


 

 


旧 社格 は 村社 で、現在は 神社本庁 の 別表神社 。 
大国主神 、 少名毘古神 、 市寸島比売神 、 須佐之男神 、 車折大明神 を祀る。 
元々は 比治山 の南の「黄幡谷」と呼ばれる谷に鎮座し、
黄幡大明神(おおばんだいみょうじん)・黄幡谷と称していたが、 
正保 3年( 1646年 )3月に 真言宗 勝楽寺の境内に遷座し、その鎮守社とされた。

 

藩政時代には

稲荷町三組、東柳町、下段原村、竹屋町南裏、平塚、竹屋村などの産土神として祀られ、
当時の藩府より毎年正月門松添木、九月祭礼湯立の薪木を寄付されるなど崇められていた。

明治元年、神仏分離令の際、社名をあらためて比治山神社と称し、

明治四年、拝殿を再建、

明治五年、村社に列せられ、
明治四十年、神饌弊帛料<しんせんへいはくりょう>供進社に指定された。
昭和二十年、原爆により本・拝殿消失、

昭和二十二年社殿を建立、

昭和二十九年現在地ご鎮座三百年記念として
本・拝殿を本建築にて建立、

昭和三十四年神社本庁より別表神社に列せられた。
平成十九年現在地ご鎮座三百五十年記念として新社務所・境内整備を行った。


主祭神: 

大国主神, 

少名毘古神, 

市寸島比売神,

 須佐之男神, 

車折大明神

創建: 不詳
所在地: 広島県広島市南区比治山町5-10
社格等: 旧村社, 別表神社
 

大国主神, 

少名毘古神, 

市寸島比売神,

 須佐之男神, は、よく出てきますが、



車折大明神を調べると、

「車折大明神、くるまさきだいみょうじん
=清原頼業
卓越した学識と実務能力とを兼ね備え明経道(みようぎようどう)における
清原氏の地位を確固たるものにし,
紀伝道の下位に甘んじてきた明経道が,有用の学として隆盛に向かうのに大きく貢献した。
没後,京都嵯峨の車折(くるまさき)明神としてまつられた。」

 

ということです。