2024年「年金財政検証」の重要ポイント、あまりに楽観的な成長見通しで何を狙う?

2024/04/27

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Photo:SANKEI© ダイヤモンド・オンライン

年金収支を5年に1度点検

四つのケースを想定、8月に検証結果

 2024年は、100年先まで見通して公的年金財政の持続性を5年に1度点検する財政検証の年にあたり、検証の基礎となる長期のマクロ経済変数に関する想定が、4月12日の厚生労働省の専門委員会に提出された。

 検証の結果は8月頃に出される予定で、ここで分析される内容は、全ての国民の老後生活に大きな影響を与える。

 検証は、今年2月に内閣府が公表した「60年度までのマクロ経済・財政・社会保障の試算」(長期試算)を活用して、「成長実現ケース」「長期安定ケース」「現状投影ケース」の3ケースを設定。さらに厳しいシナリオとして、「1人当たりゼロ成長ケース」を加え、四つのケースで行われる。

 そこで想定されている主要な変数は、図表1に示すとおりだ。これらの中で第2、3のケースが中心的なケースだとされている。

 前回の財政検証では六つのケースが示されたが、どれが重要なのかが示されておらず、分かりにくかった。今回は重要なケースを二つに絞ったという点では、分かりやすくなっている。

 だが年金の所得代替率や年金財政収支に影響が大きい実質経済成長率の見通しはあまり楽観的だ。

実質成長率や賃金上昇率

実質利回りの見通しが重要

 想定されている変数のうち、特にどの変数に注目すべきか? そして、その変数はなぜ重要か?

 公的年金の見通しに最も大きな影響を与えるのは、実質経済成長率だ。これが高くなると、実質賃金の上昇率や実質利回りが高くなる。以下に述べるように、これらは年金の所得代替率や財政収支を好転させる。

 

図表1財政検証の基本想定

図表1財政検証の基本想定© ダイヤモンド・オンライン

 実質賃金上昇率の影響を理解するには、物価上昇率がゼロの世界を想定すると分かりやすい。

 賃金上昇率が高いと、保険料収入が多くなる。他方で、前年度までに年金額を裁定された受給者の年金額は変わらない。当年度に裁定される受給者の年金額は増えるが、それは、年金支給総額のごく一部でしかない。

 したがって、賃金上昇率が高いほど、年金財政は好転する。

 公的年金は巨額の積立金を保有しているので、運用利回りは、収支に大きな影響を与える。他の条件が等しければ、これが高いと積立金の運用収入が増えるので、年金会計の収支は好転する。

物価上昇率はマクロスライドに影響

発動されたのは過去4回だけ

 重要な変数の第2は、物価上昇率だ。

 物価スライドがあるため、公的年金制度は、物価上昇率の差に関してはおよそ中立的な仕組みになっている。しかし、「マクロ経済スライド」の影響がある。これは、公的年金の被保険者の減少と、平均余命の伸びを勘案した一定率を既裁定年金から減額するものだ。

 マクロスライドは、2004年に導入された際には23年で終了するはずだったが、実際に発動されることが少なかったため、基礎年金については、47年まで継続する必要があるとされている。

 これが実行されれば、既裁定の年金額が減額されるので平均的な所得代替率が低下する。他方で、年金財政の収支は好転する。

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 ただし、これは、物価上昇率が高くないと実行できないとされている。04年に導入されたが、これまで15年・19年・20年・23年の4回しか発動されていない。

 今回想定されているケースのうち、「現状投影」では物価上昇率が年率0.8%なので、実行できない。「成長実現」「長期安定」であれば実行できる。

楽観的すぎる実質成長率の想定

3ケースは34年度に大幅ジャンプ

 所得代替率や年金財政収支は、実質成長率によって大筋が決まる。ところが、実質成長率について、今回公表された見通しは極めて楽観的だ。

 実質賃金上昇率について見ると、2024年度から33年度までは、中長期算の推計に従っており、「成長実現ケース」の場合には、27年度から30年度までは年率1.3%、それ以降は33年度まで1.2%とされている。ところが、34年度以降になると、一挙にジャンプして年率2%になってしまうのだ。

「長期安定ケース」の場合には、それまで年率0.8%だったものが、34年度で急に1.5%にジャンプしてしまう。「現状投影ケース」の場合も、0.1%から0.5%にジャンプする。

 このような急激な成長率のジャンプが、現実の世界で生じるはずはない。導きたい結論が最初にあり、想定をそれに合わせて設定しているとしか考えようがない。

 中長期算の推計をそのまま延長しているのは、第4の「1人当たりゼロ成長ケース」だけだ。

支給開始年齢引き上げなどの改革必要?

所得代替率50%を割り込む恐れも

 今回決定された想定に基づく公的年金財政の将来像は、今年の夏頃に公表される予定だ。そのどこに注目すれば良いだろうか?

 第1は、年金財政の収支だ。「現状投影ケース」だと、物価上昇率が年率0.8%なので、物価スライドを実行できず、年金支給額の名目値を減らすことができない。他方で、実質賃金成長率が低いので、保険料もあまり増えない。したがって、年金収支はかなり悪化する。「1人当たりゼロ成長ケース」では、さらに悪化する。

 収支悪化で積立金の取り崩しが必要になり、その結果、積立金が枯渇するような事態になる可能性は、否定できない。そうなれば、支給開始年齢の引上げや保険料率の引き上げなどの抜本的改革が必要になる可能性もある。

 それらは、国民の老後生活の基本条件に大きな影響を与えるだろう。

 注目すべき第2は、所得代替率だ(注)。「マクロ経済スライド」が発動される半面で、経済成長が順調に進まなければ、政府が法律で約束している50%を割り込む恐れもある。

オプション試算では

厚生年金加入要件緩和の影響も

 今回の財政検証では、つぎの諸点についての「オプション試算」(財政検証に加えて行われる検証作業)がなされることになっている。

 第1は、国民年金保険料の納付期間をいまより5年延長して、65歳までとする案。第2は、厚生年金から基礎年金財政への拠出額を増やし、マクロ経済スライドによる基礎年金の給付抑制の期間を短縮する案だ。

 2019年の財政検証の後で行われた試算では、この二つの制度改正を行なった場合、給付抑制の期間が13年短縮され、期間終了後のモデル年金や基礎年金の所得代替率が、それぞれ10ポイント以上改善された。ただし、追加の国庫負担として2040年代半ばには年間およそ3兆円が必要になると見込まれた。

 今回は、これらに加え、厚生年金の加入要件の緩和の影響も示される予定だ。

 その一方で、支給開始年齢の引上げなどの根本的な施策は、オプション試算に含まれないだろう。ただし、これは重要な問題だ。それがどうなるかで、団塊ジュニア世代の退職後の生活は、極めて大きな影響を受ける。

(注)「所得代替率」とは、40年間平均的な賃金で働き厚生年金に加入していた夫と、専業主婦の世帯の「モデル年金」の支給額が、現役世代の平均の手取り収入に対してどれぐらいの割合かを表す指標。

(一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)

 

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